第十一話 戦略

「国王陛下、この度は格別のご高配を賜り誠に感謝申し上げます」

「我は我でこの国のために動いた、というだけだ。故、礼には及ばぬ」


 凰都国、招応宮しょうおうきゅう

 珍しく王は訪問客の接待を行なっていた。自ら客人に酒を注ぐ、という稀にみる上機嫌のもてなしで。


「いいえ、陛下のお力添えがなければ此度の結末を導けはしなかったでしょう。しかし、にとっては、少々刺激が強過ぎたのでは……と」

「心配には及びませんよ、の王子様。父上の目を覚ますには、格好の薬でした」

「なるほど……呉越の公子様もご苦労されていらっしゃるのですね」


 しかも一昨日まで呉越公国にて相対していた二国間の後継者と共に、という異様な状況……にもかかわらずだ。ただ、その二人ですら満更でもないという顔をしている。


 それもそのはず、かの戦争はそもそもこの三人による謀だったのだ。それぞれの思惑を、各々で実現させる為の謂わば茶番劇。だからこそ、あの戦争では死者はおろか怪我人すら出ず、戦場となった地区にも一切の被害が出ることもなかった。


「さて、もう少し話をしたいところだが、我はこれで失礼しなければならない。今宵は盛大な宴が催される、二人とも楽しんで行かれよ」

「「ありがたく頂戴致します、国王陛下」」


 また、何故それが実現したかといえば、樢魏の王子と呉越の公子は国王と予てからの友人だからに他ならない。王子と公子は足早に去る国王に再度頭を下げた。

 

「此度の戦、裏で樢魏国とも手を組んでいるとは思いも寄りませんでしたよ」

「ならばコレはどうだ?呉越とも裏で更なる取引をしていた、と」

「なっ…………それが今回、大公ではなく公子がお見えになった理由ですか」


 迎合の間の外に控えていた側近は、部屋から出てきて尚、歩みを止める事のない王の後に続きながら溜息混じりの声を発した。どうやら側近ですら戦略の全貌を知らされてなかったらしい。


 そんな、頭を垂らした側近に追い打ちをかける如く、王は悪びれた様子もなくしれっと告げる。途端に側近の顔が歪んだ。王はカラカラと笑う。


「呉越の鎖国的状況はどの国も良しとは思っていなかった。けれど開国の働きかけとなると、我が国だけでは弱い。他国に先を越されるよりは呉越と樢魏、双方と取引してでも早期に実現させたかったんだ」

「そうだと致しましても、その取引について一度ご相談頂きとうございました」

「杞莉」


 とくに大声で話していたわけでもなかったのだが、まるで最初からその場で聞いていたかのような唐突な恨み言に王は少し驚きをみせた。祈年祭が執り行われる儀式殿の前という、王を待ち伏せていた様子の判官に側近の額に皺がよる。

 王が歩みを止めると、判官はゆるりと頭を下げた。


「確かに少々強引な取引ではありました。しかし、さして大きな問題があったとは思えないのですが?」

「では、お伺いしますが開国を条件に朝貢貿易を取りやめ、また敗戦を条件に呉越との貿易の半分を樢魏に渡す事の何処に我が国に利がおありになる、と?」

「そう言葉にされると確かに酷いですね……」


 しかめ面で問うてくる判官に、側近があちゃーとばかりに額に手を当てる。

 王だけが、ずっと朝貢状態を続けて不満の種を育てるわけにもいかないし、業ととはいえ敗戦の汚名を着せたんだからそれに見合うだけの見返りは必要でしょ、と何故そこまでムキになるのか分からないと首を傾げた。


「それだけではございません。聞けば、呉越とは開国後の軍事力の援助までお約束されているとのこと。陛下が平和主義であることは承知しておりますし、此度の和平については素晴らしい事だと存じてはおりますが……対価は相応になさいませんと、我が国から不満の声が出かねないかと」

「強引に外交を求めたのだから、そのフォローをするのは友好国としては当たり前だろう。それに、対価なら貰ってる」

「我が国と呉越公国共同で機織・染色工場を建設する予定であり、既に着工しております。それらの原料等は全て呉越公国から提供、価格設定ついても我が国が決定権を頂戴しております」


 後は任せる、と面倒くさそうに視線を寄越す国王の意図を汲んで側近は不利益ばかりではない事を説明する。十分分かっていると、判官はゆっくり首を縦に振った。


「勿論、聞き及んでおります。資源豊かな我が国も、繊維産業は国外頼り。地方では求職者も多くなっているとのことで、その件については賛同致します。ただそれでも……お父君はもう少し欲がおありだったかと」

「その件については、心配ありません。我らが王は貪欲、かつなかなかにしたたかなお方ですので」

「褒めてないよね、ソレ」


 憂鬱げな表情で遠回しに発された判官の言葉は、側近によってバッサリと打ち切られた。

 王は不服そうに抗議の声をあげるが、側近は華麗にスルーを決め込む。判官は苦笑いを浮かべながら、と言いますと? と、続きを促すべく剥れ面の王に話を振った。


 王は再度面倒くさそうに口を開いた。


「お前は、実際はのだから、樢魏が敗戦の汚名を被ったわけではないと考えているのだろう。だからこそ対価が賠償金だけというのが不服、といったところか……しかし、それで済まさざるを得なかった。あの国は北明国と繋がっている可能性がある。まだ調査途中だがな」


 声のトーンが下がると共にすーっと、碧眼に陰が落ちる。


 薄昏い笑みを浮かべる王は一国の主君として、友人の国を、いや友人までもを捨て置おうとしていた。凰都国が倭国と同盟国である以上、倭国に害をもたらすかもしれない北明国及びその関係国家は排除対象になりうるからだ。


 内政も、外交も、常に腹の探り合い状態だった。


「成程。いくらご友人がいらっしゃる国とはいえ、国同士の関係がいつどうなるか分からないのは世の常。この度の和平もいわば、保険。呉越の開国だけが理由ならば、いくら友好国とはいえ特に樢魏で無くても良いのではと思っていましたがそこまで考えていらっしゃるのであれば余計な口出しをしてしまいました」

「五月蝿く言うのは、父上の頃からだから気にしていない。それにしても、我からしたら元宰相であるお前が終焉まで茶番劇であると気付けなかった事は驚きだったな」

「それは……王太子殿下の頃からの画策まではさすがにちょっと……」

「なんだ、その事は知っているのか。やはり抜け目ないな。伯大臣、その耳と目をもってこれからも我が道についてきてくれ」


 構わない、と言いながらもどこか咎めるような言い方に判官はたじろぐ。けれど次の判官の返答に、王は満足気に微笑んだのだった。


 王の要望に、判官は静かに礼を取った。


「陛下、内親王殿下お支度整ってございますよ」

「母上」


 判官と側近が下がり、王が礼服に着替えているところに国妃が控えめに顔を出した。その様な報告なら本来侍女長がするはずであるので、着替えを手伝っていた妃が急ぎ面を下げる。


「いきなりのご無礼どうぞお許し下さいませ。祭典の前ですが、少しお話しさせて頂きたく参りました」

「話……あぁ、やはり母上の耳に入ってしまいましたか」


 国妃はどうぞお構いなく、と顔の前で小さく手を振ってお着替えをお続けになって下さいと腰を折る。元より王も着替える手を止めはせず、ただ心当たりはあるとばかりに苦笑いを返した。


「陛下の事ですから、敢えて口止めなさらなかったのでしょうが。それにしてもあのような使い方をされる為だったとは……陛下はいつもこの母の想像を超えていかれますね」

「誰も傷つけずに人を動かす為に、はうってつけでした。そういう類に耐性のある我でも、結構キツい代物でしたから」

「毒だなんて、ただの眠り薬でございますよ。それでも陛下自らお試しになるなんて蛮行は、控えて頂きとうございましたが」

「まぁ、今回は他に委ねるわけにはいきませんでしたので。我が后にも無茶を強いてしまいました……けれど、おかげで煙幕弾で視界を奪われた兵士達を、苦しめることなく夢の中へ留置できたかと」


 国妃の、勇気ある諌めに王も肩を竦める。とはいえ、言い訳を口にしたあたり反省の色は見られないといっていい。


 そもそも戦において、死傷者を全く出さない事を前提におくなどいくら裏取引があったとしても無謀過ぎる策である。

 避難の名目を隠して他国の民を食物で誘導し、攻め入ってきた兵士を眠り薬入りの煙幕弾で戦闘不能にするには手の込んだ根回しを必要とした。


 ただただ臣下はもちろんのこと妹も、母親でさえ国政の道具にする事になった結果に、王は後ろめた気に国妃から目をそらす。


「陛下がご自身を大切になさらないのは問題ですが、此度の事で気に病まれることは何もございません。もとより総ては、陛下の為にるのですから。どうぞこれからも、これまでの様に陛下らしく……これは母の願いでもあります故」

「陛下、お時間でございます」


 国王の心情を正確に読み取ったかのような国妃の言葉への返答は、妃の声によってやすやすと遮られた。

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