46話 私


 小学校の頃、私はいじめられていた。友達がいじめられているのを止めようとしたところ、矛先が変わってしまい、私がいじめられる羽目になった。


 でも、友達のことを考えれば、耐えられた。たしかに理不尽ではあるが、私が代わりにいじめられるのならよかった。


 日に日にエスカレートするいじめ。辛くて仕方ない毎日。愛想笑いで自分を噛み殺し、自分が自分でなくなっていく気がした。


 そんな時、いじめから私を救ってくれた人がいた。それが啓太だった。彼と支え合いながらいじめを乗り越えた。好きにならないはずがなかった。真面目で正義感が強く、頭がいい。ちょっと精神的な面が弱いが、どこか助けたくなるような弱さだ。




 啓太のクラスを覗き、彼がいないか確認する。......やはりいない。


 最近避けられているような気がするので、嫌われているかもしれないのにこんなストーカーじみたことをするなんて、本当に最低だなと思う。でも、好きだから仕方ないと開き直っている。


 それにしてもどうしたのだろう。彼が風邪になることなんて一回もなかった。サボりとも考えづらい。しかも、数日ならまだしも、2週間も休んでいる。


 何かあったのだろうか。


「あ、南原さん。どうしたの?」


 岩井さんが教室から出てきて私の名前を呼ぶ。岩井さんは啓太と友達だから何か知っているかもしれない。


「啓太って学校来てますか?」


「それがね、今入院してるみたいで」


「入院⁉︎」


 思わず大声を出してしまった。


「な、何かあったの?」


 急に心配になった。風邪くらいならそっとしておこうと思ったものの、入院となれば話は別。


「うーん、俺は熱中症って聞いてる。でも、多分だけど......」


 そこまで言って、彼は口を噤んだ。


「ごめん。ここでは言えない。ちょっと来てくれ」


 岩井さんは私を人気のない廊下へ案内した。


「啓太には好きな人がいたんだ」


 急に飛んできた言葉は私の精神に穴を開ける。力が抜ける。


「あ、そ、そうなんだ......」


 失恋......。こんな形で失恋するなんて......。たしかに、私は最近避けられていたような気がするけども。それでも、納得がいかない。違う。受け入れたくないだけ。


「うん。それでさ。その好きな人から嘘の告白をされたかもしれないんだ」


 啓太が学校を休み始めた頃、啓太の好きな人である佐々木さんとその友達が「あの告白やり過ぎたんじゃないか」という話をしていたらしい。だから、確信はないが、嘘告白の際に相当酷いことを言われ、体調を崩したのだろう。というのが岩井さんの話であった。


「......そうなんだ。ありがとうね」


「もしできるなら、啓太に電話してやってくれ。俺が電話しても大した反応はもらえなかった。自暴自棄になってると思うから多少覚悟がいると思うけど、お願いしたい」


「わかった。今日の放課後にでも電話してみる」


「あ、なんかあったら連絡できるようにしない?」


「そうだね」


 そう言って私たちは連絡先を交換した。




***




 ベッドに座り、啓太の連絡先を開く。そういえば、電話をかけるのは初めてだ。そのせいか、少し緊張している。


 通話ボタンを押すと呼び出し音が鳴る。5回も鳴らないうちに啓太の声が聞こえた。


「どうした」


「あ、その、最近学校来てないからなんでかなーって思って」


 言葉は投げやりなものだった。たった一言だけで、彼が私の想像以上に傷ついているとわかった。


「熱中症になって入院してるだけ」


「熱中症で2週間も入院することなんてない。ねぇ、本当にどうしたの?」


「......とにかく、心配なんていらない」


「入院してる場所は?」


「ほっといてくれ。友達にそんな心配される筋合いなんてない」


「友達だからとか、そういうのは関係ない! 私は啓太のことがすごく心配なんだよ?」


「嘘だ」


「えっ?」


 私、疑われてる? どうして......。たしかに、彼が好きな人だからこそ心配である。でも、心配である気持ちに嘘偽りはない。


「そんなわけないじゃん! 心配に決まって......」


「練二に言われたんでしょ。だから心配してるふりしてるだけ。正直、僕のこと、もう友達と思ってない。そうだろ?」


 私は言葉を失った。ここまで言われれば絶望する。今まで積み上げてきたものは何だったのだろう。まだ、あの時の事件を気にしているのだろうか。


 このままいけば、啓太との関係が本当に崩れてしまう。それだけは避けたい。でも、どうすれば......。


「......私ね、啓太のことずっと見てたの。気持ち悪いかもしれないけど、毎日のように見てた。だから、啓太が2週間くらい学校に来てないのはわかった」


 恥ずかしかった。嫌われないか心配だった。でも、このくらい言わないといけない気がした。


「何? もしかして、亜子もそんな嘘つくの?」


 意識が吹っ飛ぶかと思った。嘘告白を思い出させてしまったかもしれない。


「違う! 嘘の告白なんかじゃない!」


「なんで僕が嘘告白されたの知ってるの?」


「練二から聞いて......」


「そうか。僕は練二にこの話はしていない。ということは、亜子は嘘をついている。佐々木さんたちと仲良くなったんだね」


「――違う!」


「もう、僕に関わらないでくれ。じゃあ」


「だからそれは勘違いなんだって――」


 電話が切れる音が鳴る。


 最悪だ。まさか勘違いされるなんて......。まずい。かといって、私にできることなんてない。


 途方に暮れ、ベッドに倒れ込んだ。泣きそうだ。こんな時くらい泣いてもいいかな。あんなに信用されてないってことは、完全に脈なしであることは明白。失恋したのかな、私。


 助けたいのに......。涙がこめかみ辺りを通る感覚がした。自分の無力さを痛感し、失恋の痛みを覚え、苦しくて溢れてしまった。


「どうしよう......」


 コンコンコン


 部屋のドアをノックする音が聞こえ、すぐに涙を拭って上半身を起こした。


「はーい」


 私が答えるとドアが開き、お母さんが部屋に入ってきた。


「いきなりで悪いけど、亜子は啓太くんのこと好きなんだよね?」


「ん⁉︎ あ、えっと......。あ、す、好き......だよ」


「じゃあ、いいこと教えてあげる。啓太は坂上病院のA0ーIに入院してるよ」


「へ?」


「早く行ってあげな。もう時間ないよ」


 私は戸惑った。どうして私にそんなことを教えるのか。


「早く! 門限はいいから、今すぐ行きなさい!」


「え、あ、わかった」


 お母さんに追い出されるように家を出て、坂上病院へ向かう。急かされたから、なぜか走っていた。数十メートルも走らないうちに、岩井さんから電話がかかってきた。


 電話を終えた瞬間、私は無我夢中になって走った。手は震え、青ざめた表情。夕日は落ちる。ふと、あの夕日が落ちると同時に、私はかけがえのない大切なものを落としてしまうのではないかと思った。


 だから、一刻も早く病院へ。

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