16話 黒い雲の運命


 久しぶりに降る雨が僕の靴をぐしょぐしょにする。傘では守ることの出来ない足元まで狙ってくるのは卑怯だと思う。雨独特の匂いが鼻をかすめる。あまり良い気分では無い。


 所々に水溜りが出来ている。それを思い切り踏んでびしょ濡れになる児童が数人目に映った。この濡れた状態で学校生活を送るなんて信じられない。ちなみに僕の場合は水をかけられて、着替えも無いのでそのまま一日過ごしたことはある。


 学芸会まであと12日。時間はまだまだ残っているので焦ることはない。確実的にこの作戦を成功させることが1番大事である。


「ねぇ」


 肩を叩かれ振り向くと、そこにはクラスメイトの1人がいた。彼は笠原のグループではあるのだが、遠くから眺めるだけで僕のいじめに関わってこない人だ。


「何?」


 もちろん気を緩めることは出来ないので、警戒しながら少し距離を置いた。


「あ、あのさ。俺、川内(かわうち)って言うんですけど、笠......原さんに、その......何しようとしてるんですか?」


 計画がバレていた? 嘘だろ? かまをかけているのか?


 動揺を隠し切れず、目線が泳いだ。下手な事を言わないように口を固く閉ざし、最善の答えを探した。


「何で知ってるの?」


 ここでとぼけるのはナンセンスだ。もし、陽路が信用できる仲間に教えたのだとしたらいいのだが、彼が反撃の芽を潰すために行動したのなら......。


「あ、あぁ! いつも後をつけてるわけじゃないですからね? たまたま。たまたま見つけただけで......」


 川内は急に恥ずかしがってもじもじし始めた。雨と傘がぶつかり合う音がいたるところから聞こえる。彼の声はその音と同じくらいの大きさであった。


「丘ノ公園から笠原さんの家を覗いているのを結構見るので......。この前は陽路とコソコソ話していたから、何かするのかな〜って思って」


 探り? それとも純粋に気になっただけ? 時々鳴る水溜りを踏む音が集中力を落とす。


「川内は笠原のことどう思ってる?」


 多分この質問で大丈夫だ。下手に悪口言うなら完全に敵だ。だが、曖昧なら中立という可能性もあるかもしれない。


「笠原さんは、普通に良い人なんですけどね。多分、幼稚園の頃いじめられていたことが原因と思う」


「え? もしかしてやり返しってこと?」


「そんなところだと思います。笠原さんの父さんが喝を入れたって聞いた。今はいじめる側にいるけど、根は良い人だよ! だから、その、笠原さんをいじめるのはやめてあげてほしいです」


 以外だ。笠原は自分の弱さを隠すために他人をいじめていたのだということが。でも、学芸会を使って反省してもらう計画は実行する。


 たしかにそうだ。僕たちが幼稚園の時は笠原の父親はまだ有名人ではなかった。そう考えれば合点がいく。


 その頃は、父親も普通の親であったのだろう。ただ、有名になってから考え方が変わってしまったのか、あるいは変えられたのか、もしかしたら気づかない間に変わっていたのかもしれない。


「今、笠原を反省させる計画があるんだけど、僕はいじめる気なんて無い。ただ、他の人が笠原をいじめた時はまた止める。その時は手伝ってくれる?」


「え、あっはい!」


 川内は何故か嬉しそうに大きく頷いた。その後、僕の隣から離れることなく学校へ向かう。


「和田さんってすごいですよね」


「急にどうした?」


「あ、あの......俺、和田さんのこと尊敬してるっていうか......す、好きなんです」


「そうなのか。え? likeの方の好きだよね?」


 川内は言葉に詰まって黙り込んだ。確かに彼は男子にしては大人しいし、顔立ちも女子っぽいけど。それでも、悪い冗談か?


「......loveの方です」


「loveって、え? えええ⁉︎」


 雨の音が邪魔しているが、さっきと違ってしっかりと僕の耳に入った。聞き間違いは絶対にしていない。しっかりとした『ラブ』と言った。僕が大声を出したせいで周囲から冷たい視線を感じる。


 LGBTの人がこんなにも身近に居るなんて思いもしなかった。驚きと戸惑いで何て言えばいいのか全く分からない。


 しかも、告白されるのも始めてだ。誰とも関わっていないから告白される理由も無いわけだが。


「えっと......その、ありがとう」


 相手はきっと相当な勇気を振り絞って告白したし、僕に好意を抱いてくれたのだ。感謝の言葉くらいは言わないといけないだろう。『ごめん』なんて言ったらその好意を全面的に否定することになると思う。


 しかも、彼は自分がLGBTであることも告白したのだ。これは今後の人生に関わるくらい重要な話である。この国で同性同士の結婚は認められていないし、現在、一定の年齢になれば強制結婚という法律がある。


 仕方ない法律ではあるが、酷い話であることは事実。この国の少子化問題を解決する手段は他に無いのかとも思う。


「人から告白されたの始めてだから、なんて言えば良いか分からないけど、ありがとう。でも、付き合うとかまだ早いと思うから......友達としてよろしくお願いします」


「迷惑......でしたよね」


 川内は落ち込んだ様子で顔を伏せる。


「そんな事無いよ。人を好きになるのも気持ちを伝えるのも、生き物だから出来る。そう考えたら素晴らしい事だと思う。だから迷惑だなんて微塵も思ってない」


「......っ! そんなって思ってくれるなんて......。やっぱり和田さんはすごい」


「そんなことないよ」


 気がつくともう教室が見えるところまで来ていた。そして、教室に入るとそれぞれの席へ着く。友達がまた1人増えて嬉しい。


「計画の方はどうよ?」


 僕の前の席に座る関崎が小さめの声で話しかけてきた。


「順調だよ」


「じゃあ......鐘鳴ったから今度話す」


 いつもの様に関崎との会話途中に鐘が鳴る。今日の放課後には証拠の動画を撮るので、緊張しながら授業を受けた。


 空に浮かぶ黒い雲は午後には消える。そんな風にいじめも消滅してくれればいいなと思い耽った。

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