6話 罪と勝率の牢獄
先生の起きてという声、暴れまわる男子の足音や喚き声などの騒がしさに起こされる。何一つ変わらない朝がやってきたのだ。ほんの数分の間で身支度を終えて朝食を摂る。そして学校へ向かった。教室に入り、席に着くと前の席の男子生徒がこちらを向く。
「おまえ、昨日見たよ! すげぇよな、あのいじめっ子で有名な
もしものことを想像した彼の顔は歪んだ。急に話しかけてくるのはいつものことで、その会話の内容は気まぐれ。天気の話や転校生の話、テストの話など様々。確か彼は関崎 友哉(かんざき ともや)って名前だった。不思議な雰囲気と性格で掴みどころがない人だ。
熊雄があの5人の中の誰かは知らない。しかし、僕が危ない状況にあるということは理解出来る。
「まぁ、頑張れな」
そう言い残して彼は前に向き直った。返事させる気は無いのかと思いながら頬杖をつく。嫌がらせを受けたらどうするか考えることにしたが、結局何の異変も起きずに放課後を迎えた。めちゃくちゃ警戒していた自分が馬鹿に思える。
だが油断は出来ない。なぜなら、忘れた頃にやってくるかもしれないからだ。廊下に待ち伏せしている可能性もあるため、慎重に戸の前まで来た。
「啓太、ちょっと職員室に来なさい」
少し怒り気味の声が教室から出ようとしていた僕の体を凍てつかせる。特徴的な野太い声のおかげで主はすぐにわかった。6年3組の担任である
外見も体育系教師みたいにがっしりしているのだが、稀に女っぽい口調になるのだ。大勢の人が不意打ちをくらったに違いない。
「あれのことじゃない?」
「絶対あれだ」
「だよね。あれだよね」
周りから聞こえてくるこれらはヒソヒソ話のつもりなのだろうか。羞恥というものを始めて知った。こんな公の場で呼び出す必要は無いのではないかと思う。不愉快に感じながらも仕方なく先生について行く。
暖房のついた暖かい職員室の中まで連れていかれ、机が並んでいない端っこのスペースに立っておくように指示される。そして先生はどっかへ行ってしまった。
「はぁ......」
思わずため息が漏れる。他の職員は僕のことを気にも留めない様子で黙々と仕事をしていた。多分昨日の出来事についてだろう。誰かが昨日の様子を見ていて、先生に伝えたと考えるのが妥当か。
もしも、僕が悪者と捉えられていたら南原さんを助けるためだとか、正当防衛だったなんて言い訳が通用するか心配だが、やってみる価値はある。数分もしないうちに戸村先生が戻って来た。その後ろには6年1組の担任である女の先生がいる。また、その隣には南原さんがいた。
時間が意識を置いてけぼりにする。あの南原さんをいじめていた5人のうち、1人もこの場に顔を見せる人はいなかった。それだけでなく、先生2人と南原さんが僕に向かって一列に並んだ。僕が説教されることは位置的に分かる。
僕が考えられる可能性は一つ。あの5人組が嘘をでっち上げた。それ以外何があるだろう。彼女が僕を嵌(は)めたなんて考えたくもなかった。もしもあの光景を第三者が目の当たりにし、先生に言ったのなら亜子は被害者で、僕はそれを助けたという解釈になるはずだ。第三者が嘘をつく理由は無い。
なのに連れて来られたのは僕と南原さんだけ。先生たちの僕を見る目は明らかに罪人を裁く時の鋭さを持っている。無理解の地に立たされ、混沌の渦に飲み込また。
「では早速、話を始めたいと思います。啓太くん。あなたは亜子さんをいじめていたんですよね」
6年1組の担任である
「僕はやってません。逆に南原さんがいじめられていたのを助けたんです!」
とりあえず真実を突きつける。正直、これを信じられないと言い出したら勝ち目はない。さすがに大丈夫だろうと
「まぁそう言うと思ってたわ。だって助けたことに『間違いは』無いからね」
「え?」
何が伝えたいのかさっぱりわからない。だけどこれだけは言える。僕は負けた。暖房をつけているため職員室の窓は全て閉まっている。逃げ場なんて何処にも無かったのだ。僕はこの密室で確実に仕留められる良いカモだったのだ。
「話は熊雄くんたちから聞いたけどあなた、彼らに亜子さんをいじめるよう命令したのでしょう?」
「え、そんなことは......」
「彼らを脅して南原さんをいじめさせ、彼女を助けた」
僕はとっさに否定しようとしたのだが、佐橋先生は僕の言葉を遮るように話を続けた。
「だから、そんなことはやって......」
「私の予想だとあなた、南原さんのことが好きで、あなたはいじめから助けてくれた英雄になりたかったんでしょう? 赤鬼と青鬼のやったような作戦を使って」
抵抗は無意味。まず聞く耳を持ってくれないし、反論する間も空けてくれない。
終わった。
僕は裏で全てを操っていた黒幕に仕立て上げられる。そしてみんな何も無かったかのように歩く。僕は汚れた過去を背負わされ進み続けるのだ。
もちろん、何も言い返せない程ズタズタにやられた僕を信じる人はいないだろう。あんなに信用した人が仕組んだいじめということを聞かされた南原さんだって絶望しているはずだ。かと言って諦めるわけにはいかない。
「そんな事はしていません! まず熊雄が誰かも知らないし、南原さんとも昨日初めて出会いました。いじめに関与していた人たちとも面識は無いんですよ?」
「嘘ならいくらでも言えるわよ」
さっきまで黙っていた戸村先生が口を開いた。まぁ戸村先生が味方ではないのは想定内である。もとより勝率なんて無かった。
「戸村先生がおっしゃる通り、嘘をつくことなんて容易いことでしょう? 何より熊雄くんたちが『啓太君に命令された』って言ってたのよ。その脅している場面を見たと言う児童もいるの」
「......」
無言という降伏を選ぶ。負けを認めざるを得ない状況。これ以上足掻いても無意味であることは一目瞭然である。
「そ、そうだったの? 和田くんがいじめを命令したの?」
真相を確かめるため僕の方へ歩み寄る南原さん。首を横に振りたい、抵抗したい、否定したい、真実を知ってほしい。周りにいる2人の先生の圧力に耐えるだけでも息苦しい。
さらに彼女の期待を踏みにじっているという罪悪感。気持ちは既に潰れてしまって、言葉を発するなんて大層なことは出来ない。ここまで最低で最悪な世界に生きていることを改めて実感する。
「............」
「嘘......だよね? なんかの間違いだよね?」
「..................っ!」
彼女は何も悪くないと知っているはずなのに思ってしまう。彼女が僕を嵌めたのだと。美しい彼女の瞳が曇る。僕が不甲斐ないせいだ。力不足だったせいだ。目の前の少女に刃を向ける前に自分自身を責める。
「ごめん......。本当に、すみませんでした」
彼女を疑ったことに対して謝った。深く頭を下げる。悔しい。全てが憎い。泣き喚きたい。
「次からはこんなことしないで下さいね」
「そうだぞ、気をつけろよ」
助けようとするまでは良かった。方法を誤ってしまったのだ。冷静に先生を呼んだ方が最善だったのかもしれない。早く助けないとという偽善者の考えはさっさと捨ててしまえばよかった。なんて後悔してももう遅い。懸命に涙を堪えて早歩きで廊下と上履きの擦れる音を響かせる。
何もかも塞ぎ込んでいれば二度とこんなことは起きないだろう。そんな気休めにしかならない考えで自分を励ました。もう自分は何がしたいのかもわからない。校門を過ぎた辺りで名前を呼ばれた気がした。しかし、自分の名前を呼ぶような人はこの世にいない。
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