夜を越え 朝を越え

[おはようございます。4つ目の夜が明け、朝を迎えました]

そろそろ聞き慣れてきた無機質な声が運命の朝を報せる。

しかし聞き慣れたアナウンスとは裏腹に、個室のドアが開かない。広間へと向かおうとしても白い隔壁がそれを拒んでいた。

「なんで……?」

素直な感想が口からこぼれた。そして次の瞬間嫌な想像がふっと浮かび押し寄せた。

(まさか……襲撃されたのか?!俺が?でもそんな……だって俺は!)

我那覇はただの村人だった。彼の推理が正しければ人狼は染内を襲撃し罠師がそれを防いでいる想定で、自分が襲われることなど露ほども考えていなかった。

 嫌な汗が体中から吹き上がる。

想定外の展開。人狼が我那覇の考え得る最悪の可能性をさらに越えた動きをしたのならば。

(何か致命的なミスをしてたのか?!俺を襲撃できるほどの余裕があるってのか?)

既に推理の道筋は途絶えていた。そもそも朝を迎えられなければ我那覇にとってこれ以上の進展はない。その想定外の危険を知らせる術をも持ち合わせてはいないのだ。

「まずい。不味い!まずいマズイマズイ!」

昨日の議論で冷静に見えた貴志戸でさえ、霧島の不自然さを追求できるほどの推理を持ち合わせてはいなかった。欺瞞を否定出来る根拠に辿り着いてはいなかった。

 酒々井の真似事で始まった、偶然辿り着いた推理を披露できる機会が失われしまえば、霧島の悪意を指摘できる者は誰もいない。

霧島はのらりくらりと追求を躱してしまうだろう。

「そん、な。これじゃあ、せっかく信じてくれたみんなに……」

まさに目の前が真っ暗になるとはこの事だった。気が動転して思考がどんどんばらけていった。ほんの数秒の出来事だったかも知れない。でも途方のない時間が流れたような気がして気力が失われていく。いつの間にか力なく崩れ落ち、無意識に両手で頭を抱えようとしたその時だった。


[――ですので、本日からは朝の時間を進めた後、皆様に集まって頂きます]

我那覇の感じた絶望は本当に、たった数秒の出来事だった。

クラウンが何を言っていたのか、何故そうなったのかは耳に入っていなかったものの。我那覇は杞憂であったことを直感的に理解して本当に力なく床に倒れ込んだ。

「……はぁ。脅かすなよ……」

震える心で、小さく笑っていた。

[それでは皆様。朝の時間を進めさせて頂きます]

<夜が明けました。

タブレットの画面を我那覇は食い入るように見つめていた。結局事情はわからなかったが大広間に集まる前に朝の結果を見る事になったらしい。

先程の早とちりで思い切り気力が削がれたとはいえ未だ緊張しているのか、表示演出が遅く感じて焦れったさを感じてしまう。

 無理もない。

同数投票が発生し全員敗北の危機が掠めたものの、自分の言葉を信じてみんなが鬼桐院へと投票したのだ。鬼桐院は処刑された。

自分の推理通りの結果ならどれだけ嬉しいことだろう。

推理が的外れであれば、どれだけの責任が自分を襲うのだろう。

期待を背負ったこと、責任を背負ったことが我那覇の心臓を早めて仕方がないのだ。

 紺野さんのやりきれぬ思い。自分の死を受け入れた悲壮な決意はきっと想像しきれないものなんだと我那覇は思う。だからこそそれを信じて、誓ったのだから。


<夜が明けました。【コンノ】様、【スゴウ】様が死体となって発見されました>


表示しきると共に扉が開いた。紺野、そして須郷。2人の犠牲が真実を告げていた。

「ごめんなさい。ありがとう」

目を閉じて2人を思い描いて、ゆっくりと瞼を開く。

そこには覚悟を決めた1人の青年がいた。



広間へと向かうと自分が最後だったらしい。我那覇を見るなりアリスが駆けながら抱きついてきた。

「おじいちゃん……」

たった数時間の仲でもアリスは思い遣っていたのだろう。本当の犠牲、既に決まってしまった1人のその結末に悲しみを堪えきれずに、瞳に薄く涙が浮いていた。

「紺野さんには感謝してもしきれないね」

「うん……」

優しく。優しく頭を撫でながらアリスを慰める。

そのやりとりを誰しもが見つめていた。


「さて……、議論を始めたい。がその前にやることをやっておこうと思う」

 霧島はもうモニター側に立とうとはしなかった。腕を組んで壁に背中を預けたまま静かにこちらを見つめていた。

京山が昨日より少ししゃきっとした態度で話を進める。

「まず、だ。念の為にサエキさんからの弁明を聞こうと思うけど、いいかな?」

全員に対して確認をとるように投げかけたが、実際に京山が返事を求めた相手は我那覇1人だけだった。

「反対するつもりはないよ。さすがに全く聞く耳を持たないっていうのも危険だと思うし」

「えー、時間もったいないよ。さっさと偽者は偽者って決めた方がいいじゃん。だってこんなやつ信じてる人誰もいないじゃん!」

悠木が容赦なく言葉を突き立てる。佐伯は昨日までの態度と打って変わって酷く狼狽えていた。歯を食いしばって自分の言葉を必死にかみ殺しているのだろう。息も荒くやり場もなく手をいじっている。

「れ、霊感師を騙っていたスゴウを占ったのだ。昨日、投票が一度同数になっただろう。だから始めコンノに投票しておきながら同数と見るや否やキトウイン君に票を変えた可能性のある人物を探って占おうと思ったのだ。その中に必ず狼が居ると思ってな。そう考えたとき、可能性が高いのがオオガミとスゴウの2人だった」

「じゃあどうして俺を選ばなかったんだい?」

オオガミが始めて進行中に口を出した。誰しもが思う疑問だ。当事者のオオガミが不思議に思わないわけがない。

「その前のスゴウの主張を思い出したんだ。あいつ、妖狐より詐欺師が気になるとかいって妖狐への注目を逸らそうとしただろう。だからオオガミより怪しいと踏んだ」

「なるほど筋は通っている、様に見えるね」

 我那覇はやけに落ち着いていた。それまで感じていた佐伯への黒い感情がすっぽりと抜け落ちているようだった。

「でも話を聞いた限りサエキさんは狼を探していたはずだ。狼がどうして妖狐への注意を逸らす必要があるんだろう」

「それは……ぐぅ」

佐伯は既に反論する気力を失っていた。

「ソメナイさんの結果は聞くまでもないよね。コンノさんを占った。であってる?」

京山の問いに染内は力強く頷いた。

「誰も襲われない日があっただろう?たぶん、その時にコンノさんを襲撃してたんじゃないかな。だってそうじゃなきゃあんなピンポイントに妖狐を吊ろうとなんてできないだろうし」

染内の考えは誰も否定しなかった。

「そして、霊感師のスゴウさんが襲われた。だからキトウインさんが人狼だったかは――」

「もちろん、人狼だったさ」

京山が言い切る前に我那覇が語り出した。

「たしか昨日、我那覇君が言っていたね。コンノさんを吊るのは欺瞞だって。あれはどういうことだったのかな。今説明してもらえる?」

あ、もちろんみんな今日は佐伯さんに投票するように、と付け加えて京山がバトンを我那覇へと渡した。誰も異論はなかった。佐伯だけが目を泳がせながら俯いている。

「わかった。ただその前に、これは偶々閃いた推理だってことをみんなに伝えておきたい。それに、本当にキリシマさんの欺瞞なのかは確実じゃない。でも俺はキリシマさんが誘導していたことはすべて故意だと思ってる。これを先に言っておきたい」

我那覇の説明が始まった。貴志戸ももう話を遮ることはなかった。

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