汝ラ 術師也ヤ?
「まずは言い出しっぺの僕からいこう。僕の名前は酒々井。ナンバーは18だ」
そういってシスイは手元のナンバープレートを見せた。
誰からともなく順番に自己紹介が続き、遂に我那覇の番がやってきた。
「……12番、我那覇です」
我那覇は未だにモトムラが脱落した事への心の整理がついておらず、他の参加者の自己紹介も殆ど耳に入っていなかった。
そんな我那覇の心境を察したのか、青い瞳の少女が駆け寄ってきて声を掛ける。
「だいじょお、ぶ?」
少女は明らかにヨーロッパ系の白人だった。まだ幼いからだろう、瞳が大きくくりくりとしており、綺麗な流線型の輪郭は一際将来を期待させた。
穢れのない無垢な金髪がふわふわと揺らぐ。
「ありがとう、君のおかげで少し楽になったよ」
我那覇はアリスと同じ目線まで腰を落とし無理をして笑顔を作ったが、少女には見抜かれなかったようだ。花が咲いたように笑い返してくれる。
「Alice。だよ」
少女はそう言いながら胸元のネームプレートを触る。4番と書かれていた。
「ありがとう、アリス」
アリス自身、この場に慣れているわけではないだろう。だというのに自分を気遣ってくれたアリスをみて、我那覇は言葉以上に心が落ち着くのを実感した。
「あう」
我那覇は思わず頭を撫でてしまったが、アリスもまんざらではないようだった。
「さて、最後の1人だな」
どうやらアリスとのやりとりをしている内にどうやら自己紹介がほぼ終わってしまったらしく、我那覇は焦り酒々井へと目を向けた。
我那覇とアリスを除く参加者の視線は、依然として祈りを捧げていた女性へと注がれている。
「おい、あんたの番だ」
筋肉質の男が女性へと声を掛けた。その言葉で気がついたのか、ようやく広場の方へと振り向いた。
「失礼しました。私は貴志戸沙耶と申します」
大和撫子。彼女を表す言葉としてこれほど適切な言葉はなく、日本人の美的感覚から言って彼女を美人だと思わぬ人はいないであろう。
物腰は柔らかく低姿勢。そしてとても滑らかな深々とした礼をみて、我那覇は何人かの男の生唾を飲む音が聞こえた気がした。
「とにかくこれで17人全員の自己紹介が済んだわね!」
思うことがあったのだろう、20代後半に見える優男の足を踏みつけた女性が切り出した。
「そ、そうだな!じゃあ早速だけど誰が人狼なのか話し合って見つけようぜ!」
足を踏まれている優男が続いた。
「術師は誰だ?」
全員が互いの名前を把握したところで、すっかり場の進行役となった酒々井が憚らずに聞き始めた。
少し和らいでいた空気が一気に張り詰めた。疑心暗鬼の中、そう易々と術師が姿を現わす訳もなかったが、酒々井は想定内だという顔をする。
「別に取って食おうって訳じゃない。今僕たちは人狼の正確な数を把握していない。この状況で迂闊に村人を吊るわけには行かないだろう。
人狼である可能性の低いものを優先的に露出させるは不味いことではないんだ。むしろ、人狼かもわからない奴に話の主導権を取られたくはないだろう?」
「少なくともシスイくんは信用出来るよ。だから私は主導権はシスイくんに委ねてもいい。」
酒々井の求めに応じて前に出たのは佐伯という、6番のナンバープレートを持つ中年男性だった。
「私が術師だ。昨日、シスイくんだけが冷静にクラウンと会話していただろう?
だから君が狼だと危険だと思って確かめたんだ。もちろん、【結果は真っ白】。狼でない事がわかったよ」
「ま、まて!それは嘘だ!」
佐伯の言葉を遮ったのは2番、染内という足先を踏まれていた優男だった。
彼は佐伯に詰め寄ろうとしたが途中でやめ、注目の的になった広場中央で全員に語りかけた。
「俺が、術師なんだ。こいつの言ってることは嘘っぱちだ!こいつは人狼に違いない!頼む!信じてくれ!」
先程とは明らかに表情が異なり、少し血の気の引いた青ざめたものへと変わっていた。彼の必死さが伝わってくる。
「何を言っているんだソメナイくん!私が本当の術師だ。そうやって勝手に人を人狼扱いする君こそ人狼じゃないのかね!」
佐伯は険しい表情で染内に迫った。その迫力を間近に、染内は気圧されたのかヒィと小さく声を上げ後ずさりする。
「ちょ、ちょっと待って下さい。サエキさん、落ち着いて。ソメナイさん、貴方はまず能力の結果を皆さんに伝えて下さい。それにまだ貴方から見てサエキさんが人狼と決まった訳でもないですから早とちりはやめましょう」
「え、そ、そうなのかい?」
染内は腰を震えさせながら、縋るように酒々井の顔を見た。
酒々井が小さく促すと、染内はゆっくりと喋りだした。
「さぁ」
「え、ええと。俺が確かめたのはトゲサカ。彼女は、その。ええっと」
「意気地無し。言うならちゃんと言いなさい!私は順哉、染内と付き合ってるのよ」
「そう、か、彼女なんだ。だから人狼陣営だったら嫌で……その」
染内は棘坂にも怯えているのかどうにも煮え切らない態度で言葉を濁し続け、しびれをきらした酒々井が再び短く、
「結果は?」
と促した。
その言葉に一度体が跳ねた染内だったが、表情から感情の窺えない棘坂をじっと見つめ、やがて覚悟を決めたように一息をついた。
「人狼じゃ、なかった」
そういって、視線を下へと落とす染内。
「そうか。ありがとう」
酒々井は染内の肩を軽く叩いて、大きなモニターの前に躍り出た。
「残り時間はあと40分、既に制限時間の半分が過ぎた。僕たちはこれから人狼を見つけて、吊って行かなくちゃならない。そして同時に、この2人の術師のどちらが本物か、見分けなくてはいけない」
「私が本物術師だよ、シスイくん。ソメナイを見てみなさい、これだけおどおどしているのは嘘を吐いている証拠さ。嘘がばれたら吊るされるとわかっているから、これだけ怯えているんだ」
佐伯は大声にならないギリギリの声量で場を説得しようと語りかけた。しかし、誰も同調はしなかった。
誰も佐伯を信じていない訳では無い。しかし、佐伯を信じる為の確証もないのだ。
「サエキさん、術師の真偽は一旦おいておきましょう。今日は2人を吊るわけにはいかないんです。みんなもよく考えてみて欲しい。この昼時間に2人の術師を勘で決めるわけにはいかない、そうだろう?
それよりもまず、【この2人のどちらかに本物の術師がいる】として、両方からみて人狼の可能性がある、13人の内から1人吊ろう。人狼は少なくとも複数いる。ならこの中に最低一人は紛れ込んでいるとも言える」
術師を名乗る二人と棘坂、そして酒々井に集まっていた視線が、急にわかたれる。
「ちょっとまった。その13人の中には少なくとも霊感師、罠師、共感者の4人が身を潜めてるはず。その人達を吊るのは非常に不味い」
我那覇が酒々井の進行に横槍を入れた。その瞬間全員の視線が自身に向き、その光景にたじろぎつつも言葉を続ける。
「だからその人達を避けて投票するためにも出てきて貰いたいんだがだめなのか?」
「だめだ。いや、共感者には片方出てきて貰いたいのが本音だけど、それにしたってあまり時間は残されていない。それに、だ。罠師の能力は覚えているか?」
「夜時間に一人守れるんだろ?」
「そう、だが同時に【自分は護衛対象にできない】とある。つまり、罠師が簡単に名乗り出てしまったら、人狼の恰好の餌食というわけさ」
それに、と酒々井は続ける。
「今、真の術師候補は二人。人狼がもし真術師を襲撃しようとしても、罠師が護衛できる可能性は確率だけなら50%。これは大きい数字なんだ。1/2で真術師を守れる。しかし共感者や霊感師が出てきてしまうと、護衛対象が増えてしまう。そうすれば誰が襲撃されるかわかりづらくなって、襲撃を防ぐ可能性も低くなってしまう」
「つまり、罠師が護衛し易い状況を作る為に今のままがいい、って言いたいのか」
「そういうことさ」
酒々井は得意げにはにかんだ。
「このゲームにはいくつかの[とるべき道筋]があると思うんだ。どうすれば村の勝ちがより濃くなるのかをみんなも考えてみて欲しい。さて疑問も解決したところで本題だ。今から、自分が誰を怪しんでいるのか、術師のどちらを真で見ているのか、そしてその根拠。この三つを一人ずつ話していこう。
そして、投票先を各自で決めてから夕時間を迎えよう」
考えがまとまった者からでいい、と酒々井は付け加えた。
やがて、夕時間になった。
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