汝ラ 哀レナ子羊也
[――以上がルールの説明となります]
説明の間、誰も言葉を発する事はなかった。
青年、我那覇はルールを理解する事に必死で周囲の空気がゆっくりと変わりつつあったことに気を向ける余裕が無く、
「質問をしてもいいのかな?」
鋭い目つきの青年の発言で、ようやく場の空気が変わっていた事に気がついた。
プレイヤーの中で二種類の立場の人間が生まれていた。片方は肩を落とし俯き生気が感じられず、片方は逆にモニターを見つめ思考を巡らせている素振りを見せていた。
その中でも一際目立っていたのが、鋭い目つきの青年だ。
その落ち着いた声。嫌味を言えば焦りも混乱も伺わせない、感情の昂ぶりも感じられない淀みのない抑揚。早くも混沌極まりない現状を受け入れ、ゲームへの参加を迷わない覚悟を感じ取れた。
[もちろんでございます]
クラウンは短く答えた後、
[ただし、私にはお応え出来かねる質問もございます]
小さく釘を刺した。
「構わない。では早速だ」
鋭い目つきの青年の質問と、クラウンの回答が始まった。
Q.1人狼は何人いる?
A.お答えできません
Q.2多数決で最多得票のプレイヤーが複数人いる場合はどうなる?
A.最大2回、再投票の機会がございます
Q.3もしその再投票で決着がつかなければ?
A.陣営を問わず、全ての参加者の敗北となります
三つ目の回答を聞いた青年は満足したのか、視線を下に落として考え事を始めていた
そして、恐らく最後のクラウンの言葉にひっかかったのだろう。肩を落としていた男の1人が大きく首を振り上げ、声を荒げながらクラウンを問いただした。
「なぁ、ちょっとまってくれ。そういえば一番重要な事を聞いてねぇ。俺たちはこのゲームに勝ったらここからでられるのか?もし負けたら……どうなるんだ?!」
我那覇は、男の質問を耳にした青年が露骨に表情を歪ませた事に気付いた。
がそれ以上に、何故か思い至らなかった本来真っ先に疑問に思うべき命題の方が遥に重要であり、青年に気を向ける余裕はなかった。
[ご安心ください。ゲームの勝者には自由と、そして勝者の権利が授けられます
しかし、敗北したプレイヤーには……]
この場にいる誰もが、クラウンの次なる言葉を待ち望んでいた。いや、少なくとも目つきの鋭い青年は望んでいなかっただろう。
[敗北したプレイヤーには]
【死んで頂きます】
機械的な言葉が広間にいた全ての人間の耳に突き刺さった。
クラウンから告げられた最も恐れられていたであろう敗北のペナルティーに、一同は暫く声を出すことすらできずにいた。
「死……?死ぬ?負けたら、死ぬのか?」
忌々しいことに、最初にクラウンへ声を荒げていた金髪男が緊張の限界を破った。
負けたら、死。
一見シンプル過ぎて実感の湧きにくい事実。しかし、極度の混乱と情報の無さから来る不安感に苛まれ、蝕まれていた精神には容易に刺さり心を抉り取る。
金髪男が破り去った緊張が、各々の自制の限界が、死という言葉だけで伝播し、お互いが反響し合い、恐慌が膨れあがる。
周囲の空気を感じ取る事の出来る余裕のあった我那覇でさえ、そのシンプルな絶望に一種のパニック状態へと陥った。
[ご安心ください、みなさま]
クラウンの無機質な声に、声を出して怯えるものまで現れた。しかしクラウンは無機質なままに言葉を続ける。
[勝てば、よいのです。おのが命の為に。勝利の栄光のために。仲間と共に敵を殺し尽くすのです。殺して、殺して、勝利を掴むのです]
クラウンは何処までも事務的に、しかし勝利、その言葉だけを強調し告げた。
途端、絶望の淵に半歩浮かせていた様な生気の欠片もなかった参加者達が、まるで狂気を宿らせたかのように一様に目を見開かせ、他者に視線を飛ばしていた。
――自分だけは生き延びてやる。
そんな利己的で、原始的で、力強い意志を皆が宿らせていた。
[それでは皆様、一度それぞれの自室へお戻り下さい。ゲームに使用する端末が用意されておりますので、ご確認のほどを]
果たして幸いであったのか。血走る参加者を尻目に我那覇は自分のペースを取り戻していた。
果たして不幸だったのか、空気の異様さに耐えきれなくなった我那覇はそそくさと元の部屋へと戻る。途中、自身の部屋の扉には【12】の数字が刻まれていた。
「……」
部屋に戻ると、目が痛くなる程の純白で彩られていたホテルの一室が、穏やかな緑と清らかな青で配色された癒しの空間へと変わっていた。
「何が起きてるんだ」
先程までのやり取りも、今こうして立っていることすら夢じゃないかと疑いたくなるほどに、我那覇の精神は疲弊していた。
気付けば乾ききっていた喉が水を欲してドリンククーラーから飲み物を取り出していると、黒縁に変わっていたモニターに映像が映り始めた。
[皆様、モニター下の机に入っている端末を確認してください]
クラウンだ。
指示通り机の引き出しを開けると、B5サイズほどのタブレットが鎮座していた。
[こちらは各自に与えられた役職の能力を使用する為の端末です。朝時間に所定の位置に置くことで扉のロックが解除される仕組みとなっております]
「朝時間限定ってことは、夜時間においても外に出ることはできないのか」
[投票もそちらの端末から行って頂きます。また、ゲームのルールに関するもののみ、この端末から直接私へ質問することができるようになっております]
分からない事があれば、なんなりとお聞き下さい。
そうクラウンは言い残して、再びモニターの電源が落ちた。どうやらモニターは我那覇の意志とは無関係に動いているようだった。
飲み物で喉を潤しながらタブレットを観察していると、これまた突然画面が点き、一つの文章が浮かび上がってきた。
【あなたは 村人 です】
「あなたは村人です……」
ぽつりと、文章を読み返した。
「あれ、村人ってどんな役職だっけ?説明されたのは術師、霊感師、罠師……村人っていう役職は無かったような」
ルール説明の場では術師、霊感師、罠師、共感者、そして詳細不明の詐欺師の5つしか説明を受けていなかった。
『そんな時のための、質問でございます』
「うわっ!」
我那覇の呟きに反応したかのように、タブレットから音声が発せられる。声の質からして、クラウンだった。
『"村人"についてご説明致しますか?』
若干押しつけがましいクラウンだが、ここで訝しんで無視するのは詮無い事だった。
『村人とは、一言でご説明すると、能力を持たぬ者でございます』
「そうか、じゃあ夜時間に実行する能力はないのか」
『左様です。しかし、喩え能力が無くともしなければならないことはあるのです』
やけに誘導するクラウンに我那覇は若干の疑いを持ちつつも、話を聞き続けた。
「状況を、整理するか」
クラウンからの説明を聞き終えた我那覇は、前向きな思考を取り戻していた。
最初の夜時間が終わりを告げるその時まで、我那覇は考えを巡らせ続けていた。
我那覇は、このゲームの本質をまだ識らない。
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