026 勝負下着と恋愛感情
目を覚ましたのは、正午過ぎのことだった。
隣で眠っていた高見さんが、「おはようございます」と言いながら俺に抱きついてくる。
「ねえ、大沼さん。今日がオークションのない土曜日で本当によかったですよね、ふふっ」
俺は前回と同じように、Tシャツやハーフパンツなど必要なものを近所の店で買いそろえると、高見さんの部屋でそのまま土曜日を過ごした。
交代でシャワーを使い、それから遅めの昼飯を部屋でいっしょに食べると、もう一度二人でベッドに入る。
高見さんは部屋着姿だ。パーカーとショートパンツという格好である。タオル地っぽい素材で、ピンクと白のボーダー柄の上下セットだった。
ショートパンツからすらりと伸びた
ベッドの上で何度かキスをした後、俺は彼女のパーカーをするりと脱がせた。
上半身がブラジャー姿となると、高見さんが言った。
「大沼さん、あの……このチョコレート色の下着が、アタシの勝負下着なんですけど……どうですか? さっきシャワーを浴びた後、こっそり身につけておいたんです……」
続いて彼女は、ショートパンツを脱いだ。
ブラジャーとおそろいのチョコレート色のパンツが現れる。
「ねえ、大沼さん。6月にいっしょに銀座をまわったときのアタシのスーツの色は覚えていますか? チョコレート色の新品のスーツです。この下着の色、あのときの色と似ているでしょ? 今ではアタシの大好きな色なんです。大沼さんのおかげで、チョコレート色には優しい思い出があるから。ふふっ」
下着姿となった高見さんはそう言って微笑むと、俺に抱きついてきた。
高見さんがそんな可愛らしい思いを込めて勝負下着を用意していたことに、俺は心を打たれる。
この過去に戻って来る前の俺も、チョコレート色の下着にきっと感動したことだろう。
今の俺にはそのときの記憶は残っていないのだけど、そうに違いない。
本当に可愛らしい女性だと思った。高見さんのことが愛おしくて仕方がなかった。
それと同時に、この恋愛感情がまた消えてしまう恐怖も感じていた。
来週の土曜日のオークションでハンマーを打ち鳴らして再び過去に戻るようなことがあれば、蘇った恋愛感情も、彼女と抱き合った思い出も、チョコレート色の下着の記憶もすべて消え去ってしまうのだろう。
やがて、夕方になるころには、俺たちはデリバリーのピザを注文して二人で食べた。
「大沼さん。アタシ、明日は大学時代の友達と買い物に行く約束があるんですよ」
ピザを食べながら相談して、翌日の日曜日は別々で過ごすことになった。
次に二人きりでゆっくり過ごせる日はいつだろうかという話になって、一週間後の土曜日にはオークションがあるため、再来週の土・日にいっしょに過ごす約束をした。
それから、食事が済むと二人でもう一度ベッドに入り、俺は22時ごろまで高見さんの家で過ごしたのだった。
* * *
火曜日になると、例の製薬会社から連絡が入った。
あの外国人作家の挿画本を、うちのオークションに出品したいとのことだ。
ここからの展開は俺の記憶通りだった。この過去に戻ってくる前と同じである。
課長に呼ばれて、市柳さんを昼飯に誘うよう言われた。
「大沼、明日のお昼は市柳さんと二人でお祝いをしてこい。今回の勝利はお前と市柳さんの手柄だからな」
課長は千円札を3枚、俺に手渡してくる。なんだかんだあって俺は千円札を1枚だけ課長に返す。課長は稲妻のような速度でそれをすぐに自分の財布にしまう。
心なしか、前回よりも今回のほうが課長が千円札を財布に仕舞うスピードが速かった気がしたのだが……まあ、気のせいだと思う。
翌日の水曜日は、オークションの下見会の会場設営の日だ。
昼休みになると俺は市柳さんと高見さんを連れて、三人でランチに向かう。
高見さんに声をかけるのをやめて、市柳さんと二人きりでランチに行こうかとも一度は考えた。
けれど、どうしても心が痛んだので、結局三人で行くことにした。俺は高見さんを裏切れなかった。
ただし、お店選びは高見さんに任せず今度は自分で行った。
前回は山小屋風の店だったのだけど、今回は会社の近所にあるホテルのレストランを選んだ。平日のランチタイムはバイキング形式で営業しているのだ。それなら大食いの市柳さんも、お腹いっぱい食べられることだろう。
まあ、前回の山小屋風の店と比べると、料金はいくらか高かった。
食事をしながら三人で会話したわけだけど、やはり前回と同じような話の流れとなってしまった。
「市柳さんに営業1課に加わってもらいたいという声があります。仮配属が終わったら、本配属では営業1課に力を貸してほしいです。今回の大金星で、そういった声がますます強くなっています。もちろん俺も、市柳さんといっしょに営業1課で働きたいと思っていますっ!」
営業1課が市柳さんを獲得したがっていることを俺は前回以上に力説した。
市柳さんは真剣に話を聞いてくれたのだけど――。
「お、大沼さん。わたしがもし本配属で営業になったら、た、高見さんか黒浜さんのどちらかが、カタログ班になる可能性が出てくるんじゃないんですか?」
彼女が気にするのは、他の新入社員たちの配属先のことだった。
新入社員三人の配属先は絶対に見直されると思う。こればかりは正直どうしようもないのだ。
そしておそらく営業2課の高見さんが、本配属ではカタログ班になる可能性が高い。
そのことについて市柳さんと高見さんが話し合うのだが――。
「た、高見さん……。か、カタログ班になると、大沼さんと仲良くいっしょに集荷とか行けなくなるんですよ?」
前回と同じような結果となってしまった。
俺は高見さんと付き合っていることを今回も正直に市柳さんに打ち明ける。高見さんは、「アタシと大沼さんのプライベートと仕事は、切り離して考えてくれていいんだよ」と、市柳さんに伝えてくれた。
しかし――。
俺は結局、市柳さんの説得に失敗してしまった。
お店をホテルのレストランに変えたところで、まったく関係なかったようである。
レストランから会社への帰り道で、歩きながら俺はいろいろと考えた。
これはあくまでも予想なのだけど、俺と高見さんがたとえ恋人関係になっていなくても、説得の結果は変わらなかったんじゃないかと思った。
そもそも市柳さんは、高見さんや黒浜が営業からカタログ班になってしまうこと自体に強い抵抗があるからだ。
だから、俺と高見さんが恋人同士かそうでないかは、あまり関係ないと俺は考える。
俺と高見さんが付き合っていなくても、高見さんがカタログ班になる可能性がある限り、市柳さんは営業1課には来ないだろう。
高見さんがこの先も営業2課で頑張りたいと思っていることを、市柳さんは知っているからである。
そういうわけで仮に今回、高見さんを誘わずに市柳さんと二人きりでランチをしたところで、同じように説得には失敗していただろう。
前回の説得のときも思ったことだけど、市柳さんは自分にとってのチャンスがやって来ても、誰かが不幸になるのなら身を引いてしまうタイプの人間なのだ。
新入社員たち三人の未来を変えるには、まだ何か決定的な情報が足りないと思った。
円満に市柳さんを営業1課に迎え入れるためのすごく大切な要素を、俺は見落としているのではないだろうか?
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