230.アナとサイノス(途中別視点有り)
急いで口を手で押さえても、もう遅い。
けどアナさんは予想してたのか、ちょっと目を丸くされてただけでした。
「……なるほど。わたくしとサイお兄様は違いますが、セリカとエディお兄様のためですのね?」
いえ、違います。
お気づきでないでしょうが、お二人の方も計画のうちです。
でも言えるわけないんで、セリカさんと一緒に黙っておきます。
「……う、うん。私自身がエディお兄様を誘えないから」
「昔と違うから無理ないわ。お茶も気軽にお誘い出来ないのが、本当に歯がゆいわね?」
「お、お姉様の方が、サイノスお兄様を誘いやすいんじゃ?」
「で、出来ないわよ⁉︎」
あ、このパターンほとんどセリカさんの時と一緒だ。
タオルでまとめた髪と同じくらい、お顔が赤くなっていく。のぼせてなきゃいいけれど、今のところは大丈夫そうだ。
「私と違ってお役職につかれてる方でしょう? 統括補佐のお仕事についてはほとんど知らないけれど、サイノスお兄様とご一緒になられるのは」
「無理よ」
「アナさん?」
恥ずかしがってたのが急に引っ込んで、アナさんはなんだか固い表情になられた。
「無理なのよ。サイお兄様は気にされていなくても、わたくしは昔あの方に傷をつけてしまったの」
「え、え? えぇ⁉︎」
「ふゅふゅぅ!」
「それ、私がいなくなってから……?」
僕とクラウがわたわたしてる間、セリカさんは冷静になってアナさんに聞いていた。
アナさんは、セリカさんの言葉に少し顔を俯いてから小さく頷いた。
「ええ、その二年後くらいかしら。サイお兄様にお願いして遠出したいってお願いした事があったの。カティアさんもご存知でしょうが、あの傷痕が目立つお顔でも特に大きいあごの傷。あれについてなんです」
「それを……?」
目立つなとは思ってたけど、きっかけがアナさんだなんてどう言うことなんだろうか?
「……こうなっては、お話いたしますわ。ですが、長くなりますからお部屋へ戻りましょう?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(アナリュシア視点)
あれは、セリカがいなくなってから二度目の秋。
まだまだ幼いわたくしは、宮城にいても暇で暇で仕様がなかった頃だった。
(エディお兄様は仕方がないけれど。他のお兄様達も、もう気軽に遊んでくださいませんもの)
実姉のミラお姉様もお輿入れの準備で忙しく、こちらも以前のように気軽にお茶にお誘い出来ない。
そう言ったことが積もりに積もって、わたくしはとうとう我慢が限界になってしまった。
「サイお兄様、少し遠出にお付き合いください!」
「は、俺?」
ガイスの叔父様にも無理に許可をいただいたので、サイお兄様をお借りしても大丈夫。
そう言ってからお兄様の腕を引っ張っれば、サイお兄様も諦めたのかわたくしの手を握って獣舎に向かってくれました。
「第二王女殿は、相変わらずお転婆だなぁ?」
「ミラお姉様よりは大人しいはずですわ」
「ミラ姉はなぁ?」
ガイス叔父様程ではなくても、数々の武勇伝を残された第一王女。
そんなお姉様を射止めた御方が、チェイシア国王太子のラシード様。
見初められたのが、魔獣の合同討伐だったと言うのは今でも覚えておりますわ。
「んで、わざわざ俺ご指名はエディが忙しいからか?」
「お兄様、いつも以上にお忙しいですもの」
わざと兄のことですり替えたが、本当は違う。
見た目も年の差もそこそこあるけれど、わたくしはサイお兄様を好いている。
わたくしがもっと年を重ねれば気にならない年の差ではあっても、今は成人された青年と縁戚の幼子にしか見られない。
対象外なのはわかっているけれど、あなただからと言うのは一向に伝わらないでいた。
「ま、エディはまだ学園とこっち行き来すっからしょーがないしな?」
そうしているうちに獣舎に着き、ラージャを連れ出してからサイお兄様はわたくしを抱えて彼に乗った。
「どこに行きゃいい?」
「遠出の範囲でしたら、どちらでも構いませんわ!」
「うっしゃ。いいとこ最近見つけたんだ」
サイお兄様にしっかりしがみつきながら答えれば、彼は声を上げながらラージャを飛ばした。
空を飛んでから半刻ほど経てば、大きな湖がある土地に到着した。
「ラージャ、適当にどっか飛んでてくれ」
「がう」
ラージャから降りてから彼にそう言うと、ラージャは軽く地面を蹴ってからあっという間に空の方へ消えてしまった。
「んじゃ、遠出と言ってもここじゃ花摘みには向いてねぇが」
散策はするか、と言ってくださりまた手を繋いでくださいました。
秋に入ったばかりとは言え涼しい場所だった。
水辺の側を歩いてるからもあるが、吹く風も心地良い。
城に籠もりがちだったわたくしにとっては、爽快な気分になれる素晴らしい場所でした。
「涼しいですわ!」
「まだちぃっと暑いしな。涼みに来るのに、たまにラージャに乗ってくんだ」
「贅沢ですわ」
わたくしの守護獣は、まだ幼過ぎて騎獣には無理。
だから遠出するには、サイお兄様方がお持ちになられる騎獣可能な守護獣に同行させてもらう事しか出来ない。
そんな頃には、きっと第二王女として輿入れの準備が整えられるか何か役職に就いてるだろうが。
(……サイお兄様以外の方だなんて嫌だわ)
身分差に障害は特にない。
けど、既に成人されてる殿方は御名手を見つけるのに必死だ。
従兄弟のゼルお兄様はそもそもご興味がないから独身を貫くだろうとエディお兄様に言われたりしてるが、縁戚で幼馴染みのサイお兄様は違う。
快活で女性に気遣えて、機転も回るから令嬢達の間では密かに憧れられている。体格も見目も男らしく、軍人の家系故に傷は多いが逆にその男らしさを引き立てていた。
わたくしも、物心つく頃にはそんな淑女の皆様と同じように惹かれていました。この気持ちを知っているのは、実のお姉様とお兄様だけ。
あのお二人、わたくしが分かり易過ぎるとおっしゃいましたもの。
「ん、どうした? 冷えたか?」
「い、いいえ!」
少しうつむきかけていた顔を上げれば、意外と近くにサイお兄様のお顔があって驚いた。
違うと首を必死に横に振ったら、そうか、と離れてくださいました。
「まだ小さくったって、身体冷やして風邪でも引いたら大変だしな。辛くなったらいつでも言えよ?」
「だ、大丈夫ですわ!」
幼等部にもう時期入学する身として、行儀作法は色々叩き込まれている。
幼等部は、初等部や中等部と違って城から行き来出来るのだが……サイお兄様とこうしてお会い出来る機会はぐっと減ってしまう。
だから、余計に今日は一緒に来たかったのだ。
「ははっ、そうか。……って、アナ⁉︎」
「サイお兄様?」
急に慌てられてどうしたかと思えば、お兄様はいきなりわたくしをマントの後ろに隠された。
ザシュ‼︎
「……え……?」
布ではなく、皮膚が裂けるような音。
前を向いても、サイお兄様の皮マントに覆われて何も見えない。
だけど、すぐにお兄様は膝をつかれた。
「く……っそ、ちぃっとかすったか」
「さ、サイお兄様⁉︎」
怪我をされたのかと表に回ろうとしたが、剣を握られていた方の手で制された。
「まだ出てくんな。魔獣倒してねぇんだよ!」
「ま、魔獣……?」
こんな美しいところに何故、と思っても判断なんて出来ない。
けれど、お兄様はすぐに立ち上がられて剣を構えられた。
「すぐに終わらせっから、そこ動くなよ!」
駆け出されたが、怖くて目をつむったわたくしの耳にはたしかに剣で肉を裂く音が届いてきた。
何度かそれを繰り返してから、地面に勢いよく倒れる音がした。
「っし、もう終わったぞ」
そう言われても、本当の魔獣討伐に遭遇したことがないので怖くて震えていた。
終わったとしても、命を摘み取った情景など恐ろし過ぎて、幼いわたくしは受け入れるのが難しかった。
お姉様とは違って、わたくしはただの幼い女児だからだ。
「……怖い思いさせたな」
ぽんっと、温かい大きな手に髪を撫でられ、わたくしはあれだけ震えていたのが少しずつなくなった。
「……終わり、ましたの?」
「ああ。血の匂いは少し残るが、魔獣は今焼いてるからもう消える」
目をゆっくり開ければ、サイお兄様の笑ったお顔が見えて少しほっとした。
だけど、特に怪我がないと思っていたらわたくしに目に飛び込んできた赤に声を上げてしまう!
「お、お兄様、怪我!」
「あー、あごに少し爪が当たった程度だ。血も大したことねぇって」
けれど、血を見る機会のなかったわたくしには怖いものでしかなかった。
だからか、自分から血の気がなくなったかのように意識が遠のいてしまったのだ。
「アナ⁉︎」
サイお兄様の慌てる声が聞こえても、わたくしは城のベッドで起き上がるまで意識は戻らなかった。
(サイお兄様に、傷を……)
あの箇所に、あれだけ深い傷をつけられては一生残ってしまう。
幼くともわかる事実に、わたくしは不用意にサイお兄様を誘えることが出来なくなった。
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