182.副料理長の考察(シャルロッタ視点)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(シャルロッタ視点)
「へくしゅ!」
「大丈夫ですか副料理長?」
「ええ。誰かが噂してるだけかも」
大体はシェイルだろうけど。
勤務時間中に、ほんとあの子何してるのかしら。
「噂と言えば、副料理長。最近すっごい可愛い御令嬢が上層に行き来されてるって噂聞いたことありませんか?」
「御令嬢?」
まったくじゃないが、上層部に居られる大臣方の御令嬢が父親から呼ばれることはある。
かく言う私も、身分は一応伯爵の娘ではあるものの料理長のイシャール様と同じ料理人志望で今の職に付いている。
話し出した今日の調理補助である若い女の子も、一応男爵令嬢だ。彼女も料理人志望で見習いになって少し経ったくらい。
「私はほんのちょっと後ろ姿しか見た事がないんですが、なんかこう……纏ってる雰囲気がふんわりしてて後ろからでもすっごく可愛いんですよ!」
「へぇ?」
見目についてはあまり興味を示さない我が中層の若手でもこれだけ褒めると言うことは、よっぽど可愛いらしいのだろう。
「けど、カティアちゃんではないのよね?」
彼女のことなら、ここや下層の厨房の人間なら誰もが見て知っているから。
若手の子も違いますと首を横に振った。
「いいえ。280歳くらいの若い方で、薄紫の髪の」
ガッシャン‼︎
「「料理長??」」
何故か、すぐ近くで下ごしらえをされてるイシャール料理長が床にボウルを落としていた。
中身は何もなかったから良かったけど。
「な……なんでもねぇ……」
「「はぁ……」」
全然大丈夫じゃないが、すぐに背を向けて下ごしらえに戻ってしまったので聞けなくなった。
私は少し気になって、さっき彼女が言っていた言葉を思い返しながらイシャール料理長の慌てっぷりと照らし合わせてみた。
(280歳くらい、薄紫の髪……?)
歳はともかく、髪の色には薄っすら覚えがあった。
200年程前だが、リチェルカーレ家にお呼ばれされた時に垣間見えた小さな少女。
彼女はイシャール料理長の末の妹君で、その20年後に襲撃事件があって行方不明になったと聞いたが。
(まさか……?)
手を尽くしても、まったく見つかりもしなかった彼女が戻ってきた?
けれど、何故今まで?
それに、上層に行き来してるのもおかしい。いったい誰に用があるのだろうか?
「……ねぇ、その御令嬢のお名前ってわからない?」
「うーん。シェイリティーヌさんでしたらご存知かもしれませんが」
「わかったわ、ありがとう」
「副料理長も興味持たれたんですか?」
「ちょっと、ね?」
あとの打ち合わせの時なんかで、料理長を例の専用部屋に呼ぶしかないが。
◆◇◆
それから半刻後に、なんとか料理長専用の部屋に彼を呼び出せた。
「なんだよ、わざわざここで?」
「お聞きしたいことがあるからです」
「わーってるが、打ち合わせじゃない感じだなぁ?」
さすがはこの歳で中層の料理長を任せられるだけあって、勘が鋭い。
元々、六大侯爵家の一つリチェルカーレ家の次男であるから英才教育のお陰もあるだろうけど、ここは下手に遠回しに言うより直球がいい。
「では申し上げます。私が若手の子と話していた時に話題に上がっていた御令嬢の事です。その方は、料理長の妹君ではないですか?」
「っ!」
予想通り、料理長は言葉を詰まらせた。
それと、赤くなったり青くなったりと顔色が変わって、目も合わせないようにきょろきょろし出す。
少しの間それが続くと、彼はいきなり大きくため息を吐いてから癖の強い赤髪を掻きむしった。
「やっぱお前にゃバレたか……っ!」
「私もあの子が妹君の特徴を言わなければ分かりませんでしたよ」
「あいつがいなくなる前に、何度か会わせてたしな……」
やはり、噂に上がっていた御令嬢はセリカ様で間違いないようだ。
「ですが、あの事件から180年も経ちましたよね? ご無事なのは何よりですが、どうして宮城にいらしてるんですか?」
「……お前なら言えるが。伯爵殿にも言うなよ?」
「……わかりました」
父に漏らすなと言うことは、まだ秘匿事項と言うことか。
「見つけたのは、エディとカティアだ」
「え? 陛下……と、カティアちゃん?」
カティアちゃんが陛下の御客人と言うことは知ってるものの、どう言う経緯でセリカ様を見つけられたのだろうか?
「あいつの脱走癖っつーか、式典三日目でカティア連れてシュレインに行ったらしい。その中のバルに下宿してたセリカを見つけたんだと」
「そ、そんな近くに?」
「見つかんなかったのは、セリカに聞いたが100年前までは記憶喪失になってたからだと。お前もあの事件をかいつまんで知ってんなら予想つくが、そんな状態になってもおかしくはねぇ」
「……そうですね」
イシャール料理長の所持する魔眼を狙っての襲撃。
妹君のセリカ様も開花してなくとも、いずれその可能性はある。魔眼持ちは、同じ血脈であるほど濃く繋がりがあるそうだから。
「記憶が戻っても、あいつも同じ眼になったから襲撃の時と似た事件が起こるのを避けるためだったらしい。リチェルカーレで魔眼があるのは、今も俺だけだかんな? エディが根城とかぶっ潰したことを最近まで知らなかったセリカにとって、市井で身を潜めて暮らす方が賢明だと思ってたんだと」
「たしかに、いくらシュレインが一番近い街でも宮城の情報が伝わるわけではありませんから……」
その方法を取るのも無理はない。
では何故、それを知って戻って来られたかと言うと、陛下とはとこであるアズラント将軍が
その時に、お二人が御説得と真実をお伝えしてセリカ様も納得されたのだそうで。
「ったく、俺が見つけたかったのを」
「中層と言えども料理長になられたのですから、そう簡単に非番は取れませんよ?」
「エディは神王だろうが」
「それはそうですが……」
御即位なされて今年で節目の50年。
時折脱走されることはあっても、従兄弟の宰相閣下のお力添えもあり、先代に負けず劣らずの手腕をお見せくださっている。
そんなあの方とわずかに血縁でもある料理長は、幼少期からの付き合いがあるせいで愛称呼びや砕けた付き合いをされているのだ。
私には、出来ないこと。
今でこそ料理長の暴走を止められる副料理長と言う立場でいるが、若い頃はこの人の前でもかなり緊張してまともに話せなかった。
カティアちゃんに聞かせたら、きっと驚くだけで済まないだろうが。
(……カティア、ちゃん?)
料理長は言っていた。
セリカ様を見つけられたのは、陛下とカティアちゃんだと。
なら、セリカ様がこの城に来る理由は。
「……料理長」
「あ?」
「憶測ですが、セリカ様が参上される理由は……陛下方もですが、カティアちゃんと関係があるんでしょうか?」
「勘がいいな? セリカは下宿してても普段は市井側の学園で職員の見習いをしてたらしくってな? それをフィーが見込んで、カティアの家庭教師を頼まれたんだと」
「フィルザス神様が……?」
セリカ様が何かしら職を持たれていたことに少し驚いたが、それを見込んでカティアちゃんの家庭教師に?
そう言えば、カティアちゃんはあの歳なのに幼等部にも行っていない。
「カティアは事情があって学園には入れられないらしいからな? フィーも今の学園についてはほとんど知らねぇから、それでセリカを指名したらしい」
「それもセリカ様から?」
「ああ」
違和感を感じてしまうが、フィルザス神様がおっしゃるのなら気にし過ぎてはいけないだろう。
「しかし、噂が持ち上がり過ぎなのは厄介じゃないですか? 市井でかなりの年月をお過ごしになられたのなら護身の魔法も限られています」
「そう言うのは、今日含めていくつか習わせてる。あとは、エディが一人信頼出来る暗部を付けてくれてんだ」
「……考え過ぎでした」
「同じ女なら気になって当然んだろ? 心配してくれてあんがとな」
と言いながら、ぽんぽんと優しく髪を撫でてくれた。
久しぶりの行動に、胸がじんわりと温かくなるがすぐにその気持ちを封じた。
「……お時間をいただきありがとうございました。ですが、まだ御帰還の旨は発表されていないようですけど」
「三日後の予定だ。その後、貴族どもがどう言ってくるかうざい気がしてやべぇんだよな」
「何故?」
「お前はうろ覚えだろうが、あいつほとんどうちの婆様の若い頃の生き写しだったんだよ……」
「……それは」
若手の子がはしゃぐのも無理はない。
リチェルカーレ先先代の侯爵夫人は、貴族間で未だ伝えられる程の華のような御令嬢だったそうだから。
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