057.来訪の式典(アナリュシア視点)-①
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(アナリュシア視点)
……この状況は一体どう言うことなのかしら?
(ユティリウス様のご機嫌があまりよろしくないわね……?)
今は正門にてヴァスシード国王夫妻御一行をお出迎えの最中ですわ。
わたくしは王妹として王であるエディお兄様の後ろに控えているために、ヴァスシード御一行のご様子はこちらからよく見える位置にいる。
だからですが……何故ユティリウス様の眉間に青筋が立っているのでしょう?
一見わかりにくいようにしているようですがあちらが御即位されてからのお付き合いですし、もう40年程度は経ってますから大体の心情は察せられた。
(エディお兄様に怒っていらっしゃる?)
当然真正面にいらっしゃるお兄様にしかお顔を向けてませんからそれしかあり得ませんが。
わたくしの隣にいらっしゃるゼルお兄様には一回も目配せしていませんもの。そのゼルお兄様はおそらく鉄仮面の下で呆れていらっしゃるでしょう。
親友のユティリウス様のあの表情がわからないゼルお兄様ではないですもの。
とは言え、今は公式の場なのでここで騒ぐわけにもいかないから、とりあえずゼルお兄様と静かにしていますわ。
あちらも一応王妃のファルミア様が荒事にしないよう目配せさせていらっしゃいますしね。足元はここからは見えませんが、おそらくファルミア様が踏んでいらっしゃるかもですわね。
「よく来たな」
「
私的な場ではないので、公式の場らしい挨拶が交わされる。
ヴァスシードとは親交国としての国交は先代以前から長いが、現王同士の交流はユティリウス様が御即位されてからとまだ短い。
と言うのも、ユティリウス様が王子時代の頃はこの大陸含めて各地を漫遊していらっしゃったので、エディお兄様やゼルお兄様もですがわたくしとはほとんどお会いすることはありませんでした。
ファルミア様は特殊な御事情でユティリウス様とはご結婚されるまでほとんどお会いされてなかったようですが、ご婚約されてからはそれは今も含めて仲睦まじいようです。
お子様がまだなのは仕方ありませんがまだ340前後ですもの、お若過ぎますしね。
カティアさんにお知らせしたらきっと驚かれますが、こちらの世界の成人基準が長いのは今更ですもの。
あら、でも特にわたくし達の歳を聞かれなかったのは先にエディお兄様がおっしゃったのかしら?
とにかく、今は王同士の握手が交わされてるところでした。
ですが、なんだかユティリウス様が異常にエディお兄様の手を強く握っていらっしゃるような?
(ユティリウス様、お兄様に何を怒っていらっしゃるのかしら?)
この場を開く前に、ゼルお兄様から国王夫妻が一度転移でそれぞれのゲストルームにいらっしゃったのは伺いましたが、その時に何かが?
ユティリウス様の方は少なくともエディお兄様達と一度合流されたはず。疑問が多いけど、この場を切り抜けたら後で盛大に言い争いが起きることは間違いがない。
温厚でいらっしゃるユティリウス様が怒る事と言えば、お食事などが多いけれど……。
(……まさか、それ?)
と言うことは、カティアさんが遅めの八つ時に用意してくださったパンツェロッティのことを簡単にお話されたのかもしれませんわ。
少年の面影をまだ残されたヴァスシードの国王はとにかく、食に関する興味が激しいからだ。
(……エディお兄様、自業自得だわ)
見た目、エディお兄様の方が断然体格がよろしくて武道の腕が立つように勘違いされやすいが、実際は真逆。
あの細身だけれど、身軽な立ち振る舞いをされてるユティリウス様の方が桁違いにお強いのだ。
剣技ではエディお兄様の方が上だけれど、体術に関してはユティリウス様の方がお強くていらっしゃる。
つまり、今も交わされてる握手でエディお兄様は握り潰され兼ねないくらい力を入れられている状態だろう。
ファルミア様はお止めしようにも旦那様の足を踏むことでしか対処出来ないようですし。
「……ゆっくりしていけ」
「ありがとうございます」
表面上はごく普通の挨拶に見えますが、このお二人の関係を知る者には多分こう聞こえたでしょうね。
『俺がいない間に自分だけ美味しいもの食べるなんて!』
『お前が来る前だったんだからしょーがねぇだろうが⁉︎』
まったく、ユティリウス様の長所と欠点はそこだ。
エディお兄様以上に食い意地が荒くていらっしゃるのです。
お二人の出会いも公式の場ではなく、城下町の露店だったとようでそこで意気投合されたらしい。
身分はお互い隠されてても立ち振る舞いで大体はわかったらしく、公式の場で再会なさってからは気の置けない親友の間柄でいらっしゃる。ゼルお兄様とはその時かららしいですが。
「では、この後は」
「ああ、いつも通りでいい」
挨拶も終わったところで、ヴァスシードの御一行は一礼されて従者側の者達はそそくさと荷解き側の方へ向かっていった。
こちらも、近衛の一部と将軍を残して上層部のおじ様方はさっさと
王同士の公式での場が解散となったからには、もうここからは私的な場と差異はない。
曰く、若い者同士の小競り合いなど見たくないので退出する方がいいに決まっている。
一応、まだ仕えるようになって日の浅い者達は後学の為を思ってわざと上司が残していったのもいるらしいが、まあ覚悟してもらいましょうか。
本当に、呆れるとしか言えない痴話喧嘩がこれから始まるのだから。
「……エディ、覚悟してもらおうか?」
「あ?」
これは小競り合いが始まると周囲も気づき、将軍や近衛が動いて周囲に防御結界を瞬時に張り出した。
若い衆は何が何だかわかっていないようだが、とりあえずは結界の外へは出ていた。
わたくし達は当然結界の外ですわ。ファルミア様や守護妖の皆様と。
ゼルお兄様は将軍と万が一のことがあるからいけないので中に残っていらっしゃいますが。
「セヴィル殿、これはいかほどで?」
「いつも以上に荒れると予想しておいていい」
「……何故そこまで」
「全面的にエディオスが悪い。あの王をあれだけ煽るような事を言ったからな」
「……もう二重くらい張った方がよろしいか?」
「お前も公式の態度を崩せ、サイノス。余裕がなくなるはずだ」
「…………おいおい、マジでやめてくれや!」
将軍が焦り出すくらいってことは、エディお兄様とユティリウス様の気迫は下手したら戦場並みね。
(カティアさんを本当に同席させなくて良かったわ!)
こんなお馬鹿さん同士の喧嘩なんてとても見せられるものではないもの。
「あのお馬鹿さんったら、うちの旦那に何を言ったのかしら?」
ファルミア様はどうやら事情をご存知ないようだわ。もうとうに剣技同士での小競り合いが始まってるにも関わらず至って冷静な態度。さすがは、『暗部』の家系の方だわ。
「……多分ですが、エディお兄様が今日の八つ時に召し上がられたものの事をお話しされたのかも」
「ああ。なんか合流してからずっとぶつぶつ言ってたのはそう言うことね?」
そのご様子はわたくしでも容易く想像出来ますわ……。
「相変わらず、食に関してはうるさい人だけど……今回はエディの方が悪いわね。公務を無理にこなしている間に気を紛らわせてたのは、多分先に教えてもらってた方のだったから」
「一体何故今日こちらに?」
「あら、リュシアは聞いてないの?」
「はい」
時間も限られてたから、詳しいことはゼルお兄様からも特に伺っていなかったからだ。
ファルミア様は、一度後ろに控えていらっしゃる
「うちのこれ達が今日の昼一にこちらで強大な力の解放があったと騒がしくなったのよ。そちらでもう解決したらしい
「まあ……」
ゲストルームに一度行かれたと聞いた時にもしやと思った事がどうやら当たってたらしい。ファルミア様はカティアさんとクラウに会われたようね。
「リュシアの様子からして炙り出しはしてなかったようね?」
「炙り出しをですか?」
エディお兄様の手で隠れてたかもしれないので、印があったかはよく覚えていない。
「ええ。多分エディやゼルは後でリースが教えたから見たでしょうけど……杞憂で済んでよかったわ。まだちょっとしか拝見してないけど、あれはたしかに侮れない存在ね」
「クラウが?」
あの愛らしい神獣に一体何があるのだろう。
わたくしもフィルザス様の祖父神様から譲り受けた存在である事しかわかっていない。
初見であのように迫ったことは思い返せば恥ずかしいことでしかないけれど。
「ああ言った存在は我が家でも文献程度しか残っていないもの。『私』は許されてても無闇に神域には訪れることは出来ない。初めて見たけど、あんなに幼いものだとは思わなかったわ」
「わたくしもお聞きしましたが、他のはもっと巨体のようですわ」
「最低でも、うちのよりは勝るはずよ」
神獣にはお目にかかったことはないけれど、その神獣に近い存在と言われてる
わたくしは
「ところで、まだ終わらないのかしら?」
「……四半刻は無理そうですわ」
お兄様達の剣技はまだ終わる気配が見えない。
だけど、ユティリウス様はおそらく急いで転移方陣を使われたから簡易的な八つ時しかお過ごしでないはず。体力的にはいつもより劣っているだろうに、生来の食い意地が張っていらっしゃるのか今日は意固地になってエディお兄様に食いついていらっしゃる。
たしかに、カティアさんのピッツァは絶品ですもの。お兄様がユティリウス様にどう識札にてお伝えされたかはわかりませんが、相当楽しみにされていたようね。
「ゼル、いい加減止めるか?」
「ああ……援護は任せろ。ユティリウスごと弾き飛ばして構わない」
「ご親友の許可がいただけたんなら、そうさせてもらうぞ」
サイお兄様がゼルお兄様と打ち合わせされて、この場をお止めになるようだ。
あのユティリウス様ごとこの場を制することが出来る強者は、今この場では我が国が誇る将軍のサイお兄様しかいない。
ファルミア様や守護妖の
わたくしは無理よ。武芸はそこそこ出来てもエディお兄様以下だもの。
そして、サイお兄様が背負ってる大剣を抜いて駆け出そうとした時だった。
バキィイイイイイ‼︎
近衛やサイお兄様が施した防御結界が突然
「何⁉︎」
「こんな芸当が出来るのは……っ」
結界が割れた衝撃で辺り一帯暴風が巻き起こる。
さすがのエディお兄様達もその場で剣を突き刺して飛ばされるのを防いでいた。
わたくしはファルミア様の近くにいたおかげで、
だから、誰が上から降りてくるのかよく見えたわ。
「はいはーい、お遊びはここまでだよ!」
甲高い少年の声が響いてきた。
若い衆は当然知らないでいるから仕方がないが、知っている者はわたくしを含めてほっと出来たわ。
だって、いくらあのお二人でも『神』には逆らえないもの。
降りてきた黒い影から白い剣のような煌めきが見えて一瞬焦ったが、サイお兄様は動かなかった。
と言うことは、比較的安全のようなものということね。フィルザス神様がお兄様達を傷つけることはないもの。
怪我は、だけど。
パコパコーン!
力が抜けそうな音が叩かれたお二人の頭から聞こえ、何かを振り下ろした見た目150歳程度の黒髪の麗しい少年が呆れたようにため息を吐いていた。
「まーったく、夕餉前に何してるのかな二人して」
「ってぇ……」
「くぅ……フィー……」
余程痛かったのか、お兄様達は剣を離してそれぞれ頭を抱えていた。
わたくしはもう一度フィルザス様を見ると、彼は大きな紙を束ねて持ち手をつけたようなものを携えていらっしゃったわ。
「式典が無事済んだかと思って様子見に来たら、まさかのこれだよ。今回はどっちから始めたの? まあ、多分ユティの方だろうけど」
「わかってんならなんで俺まで叩くんだよフィー⁉︎」
エディお兄様の半分より少しある背丈しかない少年に詰め寄る我らが
(けれど、これが現実よ。そしてよーく覚えておきなさい。)
あの方が『創世神』でいらっしゃることを。
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