024.上層料理長と副料理長
「お呼びでしょうか?」
数分も経たないうちにやってきたのは、恰幅の良いコックスーツを着たお兄さんでした。こっちも給仕のお兄さんくらいで見た目40代前くらいかな?
おじさんとは言いませんよ? 僕くらいの仕事をしてると、そう言う年代は最低50代くらいに思えてきます。
コックスーツのお兄さんは淡い茶褐色の髪と水色の切れ長の目が特徴的でした。
アナさん達と違い断然普通カラーだ。こう言うのが僕が知ってる外国人っぽいよね。あと、口髭がかっこいいです!
「マリウス。お前らの料理をこいつが絶賛してくれてたぜ?」
「それは……小さなお客様、ありがたいお言葉です」
「あ、いえ」
「それともう一つある。こいつも料理人でな、今日の昼餉はこのカティアに作らせてやってくれ。補助でフィーが入る」
「フィー様も、ですか。……わかりました。ですが、朝餉後に打ち合わせをさせていただいても?」
「俺らはいつも通りだかんな。フィー達は自由だ。そこはいいだろ、フィー?」
「いいよー」
とりあえず、これでお昼のピッツァ制作は出来そうです。
ただ、ここで忘れていました。このマリウスってお兄さんはもしや料理長って考えちゃったよ。
エディオスさんが『お前ら』って言ってたし、王様やその妹が普通のコックさん達を覚えるのもそうそうないもの。
(こ、これは腕前を披露するのも、き、緊張しちゃう!)
でも、僕には唯一のピッツァって得意技があるのだ。それだけは自信を持たなくちゃ。
「カティア」
「はい?」
意気込んでたらセヴィルさんが呼びかけてくれた。
「昼、楽しみにしている」
「は……はい!」
セヴィルさんの言葉に、僕は強く頷いた。
あ、それとそうだった。
「セヴィルさんやアナさん、苦手な食材とかってありますか?」
これは重要。アレルギーがもしあったら大変だからね。
「苦手なものか……俺は特にないが」
「わ、わたくしはその……シュラムが苦手ですわ」
「しゅらむ?」
またもや言葉の変換しないとわからない食材だ。
でも、ダメなら抜きましょう。
食材に関してはマリウスさんに後で教えてもらいましょうか。
◆◇◆
朝食を食べ終えてそのまま打ち合わせをしても良かったが、僕の服はあくまでアナさんから借り受けてるものだ。
汚してはいけないと昨日着ていた服に着替えることにしました。
その旨をフィーさんにも話すとその方がいいだろうと一旦部屋に戻ってからお着替え。
そしてまた食堂に戻ってくると、フィーさんがマリウスさんともう一人黄色の髪のお兄さんと話してた。こっちは30代後半くらいかな?
「おや、君がカティアちゃんかな?」
近づいていくとそのお兄さんが僕に気づいてくれた。人懐っこそうな翠のタレ目、好印象を持てますね。
「あ、はい。初めまして、カティアと言います」
「うん、初めまして。へぇ、本当に綺麗な虹色の目だねぇ」
「あ、ありがとうございます……」
目で思い出したよ。この虹色の瞳って、水の副作用かなにかでなったの?って。でも、髪色の時みたいに最初っからって言われそうだな。
「お、来られましたか?」
「おかえりー、カティア」
フィーさんとマリウスさんが話を切り上げた模様。
いよいよ打ち合わせになりそうです。
「まずは簡単に自己紹介と行きましょうか。私はこの上層調理場を任されてます、長のマリウスです」
「僕は副料理長のライガーです」
「か、カティア=クロノ=ゼヴィアークです。よろしくお願いします」
やっぱりマリウスさんが料理長だったよ。そして黄色の髪のお兄さんが副料理長……いいのだろうか、こんな面子の中に僕がいて。
「おやご丁寧に。では早速ですが、カティアさん」
「はい」
「ピッツァとは一体どのような料理でしょうか? フィー様にお聞きしても、貴女がいらしてから聞いた方が良いとはぐらかされましてね」
「見た方が絶対いいと思ってさ」
ふふっとフィーさんは楽しげに笑っていた。
「えっと……簡単に言えば、パンみたいなものですが。違うのは、円状に伸ばした生地の上にソースを塗って、具材を乗せるところですね」
「ほう。となると、食事方法は素手でですか?」
「はい。使うとこではナイフやフォークで食べる人もいますけど」
流石は料理人。聞いただけで食べ方がわかるとは。
「ふむ、興味深いですね」
「普通の惣菜タイプのパンとも違うみたいですよね」
こっちにもあるんだお惣菜パンがあるんだ?
是非とも食べてみたいが今回は我慢だ。僕が作る側だもの。
「マリウスー、サルベってあるよね?」
「もちろんですとも。生地の方に使うのですかな?」
またわからない単語だ。
でも、生地って言うし昨日使った材料で聞き覚えのない単語は酵母だけだ。フィーさんがわざわざ聞いてくれたのは、多分僕の為だろう。おそらく、この人達には僕が他所の世界から来た輩のことは言わない方がいい。
なので、ただの客人であることに徹しよう。
セヴィルさんの……こ、婚約者であることも言わないでおこう。無理があるし、信じてもらえそうにないからね。
「では、具材のこともありますし厨房へご案内しますね」
マリウスさんの先導の元、厨房へ向かうことになりましたよ。楽しみだ!
昨日も見た給仕の人達が出入りしている出入り口に入って右手側、少し広めの通路の先に厨房の入り口がありました。
「手を休めずにそのまま仕込みの続きをしろ。カティアさん、こちらにいらしてください」
「はい」
マリウスさんが他のコックさん達に指示を飛ばすと、奥の方を指した。遠目からでも見た感じ、貯蔵庫的な部屋だね。ひとまず、僕らはそこに行くことになった。
「おお……!」
入って思わず声を出してしまう。
だって、燻製肉がオンパレードってくらい吊るされてたりされてますよ。よく見ると、生ハムっぽいのまで貯蔵してある。
(こ……これは念願のサラダピッツァも出来そうだ!)
でもあれはこぼれやすいから今回はパスした方がいいかもね。
「いかがでしょう? 私はこう言った燻製肉も必要かと思いましたが」
「ありがとうございます!」
お惣菜パンにも使うんだろうね。
ベーコンエピとかソーセージ挟んだお惣菜パン……ああ、作ったことないけどいつか挑戦してみたいなぁ。
けど、本日のメインはピッツァ。
とにかく、ピッツァに使うのはレストランとかでもよくてベーコンやソーセージくらいだ。生ハムは高級食材だしね。今日はどうしようかなぁ?
「ねぇ、カティア。こう言う塩っ気が強いお肉も合うの?」
「たくさんは乗せないですし、マトゥラーのソースには合いますよー?」
「へぇ」
「マトゥラーを?」
「僕達は麺か鶏肉料理くらいしか使いませんが、面白そうですね」
おや、お惣菜パンには使わないんだ。
でも、日本がお惣菜パン多いのが目立つもんね。こう言うヨーロピアンな世界じゃそこまでないのかも。
貯蔵庫の中をきょろきょろしていると、ベーコンらしき巨大豚バラ燻製肉発見。
これを短冊状にして炒めてもいいし、そのままスライスして乗せてもいいんだよね。
「マリウスさん、このお肉いいですか?」
「バラ肉を……? えぇ、構いませんが」
やや間があったけど、許可がもらえたなら使わせていただきますよ。
それとソーセージも。こっちはドイツみたいにルーストって言うんだってさ。見た目白っぽく、ハーブもといヘルネを混ぜ込んだのか黒胡椒の粒々と緑色の粒々が特徴的だった。
「今日はお肉がメインなんだね」
「僕が住んでたとこだと、昨日食べたのよりはこう言うのが普通ですよー」
「へぇ、そうなんだ」
「他には何が入りようですか?」
「えっと……野菜もですが、カッツをたくさん使いますね」
さっき食べたオムレツのでも大丈夫だと思う。個人的には、クアトロタイプも使いたいけどあれは癖が強い。アナさんとかの女性だと好き嫌い激しいしね。
「カッツをですか? 今朝召し上がっていただいたようなものでしたらこちらになります」
お肉類は一旦隅に置いておいて、貯蔵庫の奥にある扉に向かう。チーズ専用の貯蔵室かな?
工房とか行ったことないけども、多分ずらっと並べてあるんだろうな。
「
手の中に小さな灯りがともり、ライダーさんがそれを天井にかざすと白い球体っぽいのが浮かび上がった。
そして扉を開けると、球体は中に入っていき奥の方まで照らしていく。見えてきたのは、薄茶色の巨大なチーズの塊達。
テレビでも昔見たけど、思い描いてたのとほぼ同じのチーズの塊達があったよ。昨日のフィーさんの小屋にあったカッツはナチュラルタイプだったけど、こっちはセミとかハードタイプかも。
使う時はシュレッド(削る)して加える感じかな?
「これは生地に練り込むのでしょうか?」
「いいえ。刻んだのを具材の上に乗せて一緒に焼くんですよ」
「「え、乗せる?」」
あれ、そんなに意外なのかな?
「ああ、すみません。カッツは食材に混ぜるか包み込んで使うものだと、私達は学んできましたので」
えーっと、じゃあドリアとかグラタンとかもないのかな?
もったいない。あれも大変美味しいのに。
「食べてみたらわかるよー? すっごい美味しかったんだ」
「フィー様がそこまで絶賛されるとは、ますます興味が湧きますね」
「僕も作り方知りたいですよ」
「じゃあ、たくさん作りましょう?」
せっかくだから、厨房スタッフさん達のまかないにも出してもらえればいいよね。それで更に色んなピッツァを考案するのも良し。
僕は技術の提供は惜しみませんよ?
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