第5章 花は微笑む
ブレザーを着ていた頃の自分達は (j)
彼女から奪うようにもらった千羽鶴は、人目を引いた。
放課後の教室でも、駅までの道のりでも、電車の中でも、怪訝な目で見られる。
電車の中で、他校の女子高生から「あの人やばいよ」と指をさされた。
千羽鶴は意外にも軽くて、大きくて、気を抜いたらどこかに絡まってしまいそうで、繊細な芸術品のようだった。
帰宅したのは、20時頃。
夕飯をつくって待ってくれた母に「ただいま」と声をかけ、祖父の容体を訊いた。
母は答えない。千羽鶴に目をやって「そういうの、やめてちょうだい」と眉をしかめる。
「そんなの持ってこられても、おじいちゃんの癌が治るわけじゃないのに。そういう重いの、お母さんは嫌い」
心臓に心があるわけじゃないのに、心臓をナイフで刺されるような痛みを錯覚した。
「
祖父が、ひょっこりやってくる。
「おお! すごいじゃねえか、お前がつくったのか?」
祖父は千羽鶴に興味津々だ。
母は目を見開いて、祖父の反応に驚いている。
俺は、「同じ高校の子がつくったのを、もらった」と話した。他の人の手に渡るはずだったが、その話が白紙に戻ってしまい、代わりに俺がもらった、と。
彼女の名前は伏せたが、女の子がほとんどひとりで制作した、という内容も忘れない。
「その子、ひとりでつくったの?」
母はそれにも驚いている。
「洋也、ごめんね。ご飯食べたら、食器はシンクに置いといて」
多分母は、トイレにこもるつもりだ。泣きたいときはそうしているから。
母がトイレの鍵をかけた音を聞くと、祖父はにやにや笑って「お前のカノジョか」と訊いてくる。
否定したが、「その子のこと、大切にしなさい」と言われた。
でも。
「でも、俺達あと半年もしないうちに卒業するし、彼女は就職するみたいだから、もう会わないと思う」
「馬鹿者。若いんだから、またどこかで会うかもしれないだろうが。今の子はケータイなんかで会わない子の話もわかるんだろ。悪く言われそうになったら、守ってやりなさい」
祖父の「馬鹿者」は、なぜか優しく聞こえた。
祖父は今日、放射線治療のために病院へ行ったのに、体が軽そうだ。孫の話に首をつっこめて、楽しかったのだろうか。
夕飯を食べて洗い物をして、自室に戻ると、通学鞄に付箋が貼ってあった。
母の字で「女の子のことを悪く言って、ごめんなさい」と書かれている。
別に母は悪くない。何の前触れもなく息子が千羽鶴を持って帰ってきたら驚き、祖父の通院の日であったから嫌な気持ちになるのが普通である。
昨年、担任の新田泰輔先生が話してくれたことが思い出される。
――内容、経緯、事情等を知らなければ、価値は正しく評価されないこともあります。
――しかし、価値を理解されても、その価値が最優先されるとは限りません。
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