第13話 王令

 時刻は午前七時五十五分。

 あと、五分もすれば担任の先生も来ると言うのにニックがいるクラスはいつも以上に騒がしかった。

 

「ニック! お前すげーな!」

「なぁ! 本物のドラゴンってどんな感じだった?」

「上位魔術使ったって本当か?」


 ニックの机の周りには、たくさんの人混みが出来ていて今までバカにしていた人や今まで喋ったことのない人までもが使い魔召喚やドラゴンなどについての質問をしに集まっている。

 二日前。ニックとリナは、ロゼリアの協力を得て『使い魔召喚』をしようとする。だが、それをする前に突如とつじょ黒いドラゴンが現れる。ドラゴンは、町を破壊し始めニックは、そのドラゴンの元へ行きそれを止めようとする。しかし、ニックは、逆に殺されかけてしまう。それを助けたのが、使い魔召喚で突然現れた魔王シルヴァだった。その後、ドラゴンはシルヴァによって倒された。

 ニックが、使い魔召喚をしたというのは、知られていたがシルヴァの事はどうやら知られていないらしくニックが召喚した使い魔は、何か? という質問が妙に多かった。

 たくさん出てくる質問の嵐に苦笑いをしながら答えるが答えることによってさらに質問が飛んでくる。まさにループ状態だ。

 そんなループ状態を止めたのは扉を引く音と共にゆったりとした口調の女の人の声だった。


「はーい、みなさーん。席についてくださ~い」


 黒い出席簿を胸に抱くようにして教卓へと歩いて行くのは、ローリエ・フラストラ。ニックたちのクラスの担任だ。ピンク色の髪を胸の辺りまで伸ばし少しウェーブにしていて黒い軍服のような服を着ている。だが、一際目を引くのは大きく膨らんだ胸だ。歩く度に小さくゆらゆらと揺れている。その巨乳の為か、ローリエは一部の生徒に人気があるらしい。

 ローリエは、教卓に着くと抱えていた出席簿を教卓の上に置き笑顔で黒髪の女の子の方を向く。


「それでは、朝のホームルームを始めます。委員長さん、お願いします」


 その声に続いて委員長と呼ばれる黒髪の女の子が朝の号令をする。ニックたちは、立ち上がってあいさつをしてまた席に座る。

 その光景を見てローリエは、優しく笑う。


「はい、おはようございます。今日も皆さん元気──って、あれ? エバンくんが、いませんね?」


 ローリエは、困った顔をして首を少し傾ける。

 ニックは、自分の席から二つ隣の席を横目で見た。その席には、本来いるはずのエバンの姿はなく空席だった。エバンのことは、そんなに好きでは無いがエバン以外の全てが埋まっているのにそこだけ空席だと妙に寂しく感じる。


「後でエバンくんの部屋に行ってみますかね……」


 小さくローリエは、そう言うと朝のホームルームを始めた。




 ホームルームは、一昨日現れたドラゴンの話を少しして今日一日元気に過ごしてください、というような事を言って話は終わった。


「──はい。では、朝のホームルームを終わりま──おっと、忘れるところでした」


 ローリエは、何かを思い出したのか胸の前で手を合わせる。ローリエの目線がニックの元へいき目が合う。ローリエと目が合ったニックは、少しビックリした。だが、そんなニックに笑顔で思い出した用事をニックに伝える。


「ニックくん。ホームルームが終わったら理事長室に来て下さいね」

「え……あ、はい」


 いきなりだったので思わず返事をしてしまった。


「では、委員長さん。お願いします」


 その声で朝のホームルームは終わった。






 ニックは、一人ユートリアス学園の四階にある理事長室に向かう長い廊下を歩いていた。

 ユートリアス学園の本校は、一階から一年生、二階は二年生、三階は三年生、四階は職員室と理事長室というふうになっている。

 ニックは、ホームルームが終わった後すぐに四階に向かい今、長い直線の廊下を歩いている。その先に木製の豪華な二つの扉が見える。そこが理事長室だ。ホームルームが終わった後すぐなのでもう少し騒がしいと思っていたがそんなことはなく今は、ニックの歩く足音だけが廊下に響いている。

 こういう時、不思議と今ある現状を考える。

 魔王シルヴァ。

 彼が、自分の使い魔だという実感が全く湧かない。本当に使い魔召喚をしたのか疑いたくなるが、昨日も散々そんな事を思って結局事実だった。当の本人がそう言っているのだからそうなのだろう。それに……。

 自分の左手の制服の袖をめくって手首にある白い鎖のような模様を見る。

 使い魔との契約けいやくの証。

 それが、自分の手にある。なら、受け入れざるない。


「はぁー……」


 自然とため息がこぼれた。

 前に何かを感じ前を向くとそこには、木製の豪華ごうかな二つの扉が立ち塞がっていた。

 どうやら、考え事をしてる間に理事長室について居たようだ。

 なぜ、呼ばれたのかは……大体予想はつくが、理事長室に入るのには無駄に緊張する。

 ニックは、静かに深呼吸をして意を決し右手を軽く丸め木製の扉を二回ノックした。すると、扉の中から少し声が低めの女の人の声がする。


「どうぞ」

「失礼します」


 そう言ってから、片方の金色のドアノブに手をかけゆっくり回して理事長室に入る。入った瞬間、理事長室の大きな窓から差し込む朝の日差しのせいで目をつむる。だが、だんだんと慣れてきたので徐々に目を開けた。

 そこに広がったのは豪華な理事長室だった。赤いカーペットが床一面に敷かれ、茶色い大きめの机。だが、机の前にそこには本来いるはずのない見知った顔の男がいた。その男は、理事長室にある少し大きめの机の前に立ち、ニックが扉を開けたのとほぼ同時にゆっくりと振り返っていた。


「な、なんであなたがここに……」


 その人は、白い鎧に身をつけ白い鞘に収まった剣を腰にぶら下げ胸にはペガサスを模したエンブレムが付いている。そしてその男は、あごひげを生やしいかにも取っつきにくそうな人。


「ジゼルさん……」


 昨日、ニックを処刑しようとした聖王騎士団せいおうきしだんのジゼルが立っていた。

 ジゼルは、黙ったままニックを無表情で見つめてくる。何故、ジゼルがここにいるのか全く分からず扉の前で口をあんぐり開けながら立っていると女の人の声がジゼルの後ろから聞こえる。


「何をそんなところで突っ立っているんだ? 早くこっちに来い」


 ジゼルの後ろから聞こえたその声に動揺しながらニックは、したがい机に向かって歩き出す。

 机の近くまで来ると、そこにいたのは黒い革の椅子に座っている黒髪の女の人だった。


「久しぶりだね、ニック」


 近くまで来たニックに優しく微笑みかける。

 ニックは、ジゼルと隣り合う形になるので少し隣を気にしながら女の人に応える。


「お久しぶりです。ヒュースベルト理事長」


 カナ・ヒュースベルト。このユートリアス学園の理事長である。黒い髪を肩の辺りまで伸ばしていて大きく少し灰色の瞳、白い肌は近くで見てもつやがありすごく綺麗きれいに思える。

 ニックは、頭を下げた。

 顔を上げたニックは、カナの顔を見るさっきまで笑顔だった顔がジト目でニックの事をつまらなさそうに見つめている。

 そして、ため息を一つ吐いた。


「前にも言っただろう、ニック。その呼び方は、止めてくれ、って」

「あ、はい……ヒュース──カナさん」


 それを聞くとまた、さっきの笑顔に戻る。

 だが、カナはすぐに真剣な顔になり一回息を吐いた。


「さて、では本題に入ろうか……。ニック、今回君を呼び出したのは話があってな」

「何ですか? 話って」


 大体予想はつくが、あえて聞いてみた。

 きっと使い魔召喚のこととかだろう。だが、一つ気がかりなのが何故なぜジゼルさんが居るのか……。ニックには、そっちの方の事を聞いてみたかった。


「話があるのは、私ではなくそこにいるジゼルだ」


 カナとニックの視線が白い鎧を身につけたジゼルに向けられる。

 まさか、ジゼルさんの方からの話だったとは。というかカナさん、ジゼルさんの事呼び捨てにしてたけど知り合いなのかな? 聖王騎士団と知り合いとかカナさんって意外とすごい人なのか……。

 二つのことに少し驚いたニックは、とりあえず隣にいるジゼルを見上げる。

 ジゼルは、ゆっくりと体をニックに向ける。鎧の擦れあう音が小さく響く。とっさにニックもジゼルの方に体を向け二人は、向かい合う。

 何を言われるのか分からずニックは、自然と身構える。だが、ジゼルがとった行動は全くもって予想していなかった行動だった。


「すまなかった」

「え……?」


 腰を九十度に曲げ頭を下げた。ジゼルは、謝ったのだ。


「昨日は、本当にすまなかった。昨日の私は、冷静ではなかった。立て続けに色んな事が起きすぎて混乱していたようだ」


 昨日。ジゼルによってニックは、死刑になりかけた。それについての謝罪だろう。正直、許したくはない、当然だ。なぜなら、自分が殺されそうになったんだから。けど……。頭を下げているジゼルの肩は小さく震えている。そのせいで小刻みに鎧の擦れる音がほんの小さく聞こえてくる。

 ニックは、少し陽気な感じを含ませた声でジゼルに声をかける。


「ジゼルさん、顔を上げてください。結果的に僕は処刑された訳では無いですし、全然大丈夫ですよ」


 それを聞いたジゼルは、ゆっくり顔を上げる。

 ジゼルは、真顔だった。


「すまない」


 もう一度謝ってくれたが、真顔で言われると本当に反省してるのか疑わしくなってくる。でも、ここは一つ大人しくしておこう。

 ニックは、ちょっとゆがんだ笑顔をジゼルに向けた。




「さて、ジゼル。用件はこれで終わり──と、言うわけでは無いんでしょ?」


 黒い革の椅子に座っていたカナが、両腕を机に乗せて少し口角を上げながらジゼルに問いかける。

 ジゼルは、うなずく。


「あぁ。今回、私がここへ来たのは謝罪をしに来たのと、それとニック・ハーヴァンスを呼び出しに来た」


 よ、呼び出しに来た?

 何を言っているのか分からず、首を傾げるニック。

 そんなニックを見てジゼルは、腰に付いているポーチのような所から一枚の紙を取り出す。紙をカナとニックが見えるように机の上にそっと置いた。

 その紙は、少し分厚くクリーム色の紙だった。そしてその紙の一番上には黒い字で、


王令おうれい……」


 そう書かれていた。


「国王陛下は円卓会議ではなかったか?」


 カナが紙を見ながらジゼルに聞く。


「王は、昨日の昼に帰還きかんされた。その時に、私が王の不在に起きた件を話したところニック・ハーヴァンスに会いたい、だそうだ」

「王令、ということは拒否は出来ない訳か……」


 王令というのは、国の王が強制的に下す命令の事だ。

 カナは、机に両手を置いて椅子から立ち上がる。


「ニックに危害を与える……ということではないんだよな?」

無論むろんだ。まず、ニック・ハーヴァンスだけでなくその使い魔も一緒に来てもらうからな」

「え!? シルヴァもですか?」


 思わず大きな声をあげてしまう。


「確かに使い魔がいればニックが襲われそうになっても大丈夫か……」


 カナは、自分のあごに手を置いて小さくつぶやく。そして、ゆっくりニックの方を向いて少し笑う。


「では、ニック。王令となれば断ることは出来ない。だから、行ってきなさい」

「あ、はい」


 とここであることに気が付いたが、今は朝だ。これから、本来は授業を受けるはずだが……まぁ、しょうがないか王令なら断れないし。全くもって不安しかないが行くしかない。

 小さくため息を吐く。

 カナは、ニックの少し後ろを見て片方の口角を上げる。


「シルヴァ、ニックの事は頼んだよ」


 んーーー?

 この人は、何を言っているんだ?

 僕の後ろにシルヴァは、居ない。そもそも今日一日会ってすらいない。


「か、カナさん何を言って──」


 そう言いかけた瞬間、ニックの少し後ろで小さく風がおきる。

 ニックは、慌てて後ろを振り返るとそこにいたのは黒いローブを着た銀髪の男シルヴァだった。


「し、シルヴァ……なんで、ここに……」


 シルヴァは、青い瞳をニックでなくカナに向けている。


「お前、いい眼・・・を持っているな……」


 その言葉が何を意味するのか分からなかったが、今はそんなことに構っている暇はない。


「ちょっと、シルヴァ!」


 めんどくさそうにニックの方を向く。


「なんだ」

「なんだ、じゃないよ! 今のって自分の姿を隠す事が出来る透明化とうめいか魔術じゃないか! って、今僕の後ろから現れたってことは……ずっと居たの!?」


 恐る恐る聞いてみると、


「そうだが?」


 あっさりとそう答えた。


「あ、アハハ……」


 もはや苦笑いしか出来ないな……これは。

 上位魔術である透明化魔術は、その名の通り透明化になれる魔術だ。使う者の魔術が上手いほど透明化の精度せいどは上がる。シルヴァの様に長時間の透明化は、ものすごく難しい。

 透明化してたって事は、絶対僕の独り言も聞かれてたよね。恥ずかしいな、なんか……。


「話はそれくらいにして、そろそろいいか?」


 待ちかねたのかジゼルが声を出す。


「これから、お前たち二人には城に来てもらう。校門で待つから支度したくができたら来い。出来るだけ早めに頼む。王が城で待っているのでな」


 そう言ってカナに一礼し、理事長室を鎧の擦れあう音を出しながら出ていく。

 その背中を扉が隠すまで自然とニックは、見つめていた。


「まぁー、とりあえずそう言うことだ。ニック。行ってきなさい」

「は、はい……」


 立っていたカナも今は、黒い革の椅子に座っている。

 ニックは、仕方なくシルヴァと一緒に理事長室を出た。だが、ニックの歩く足取りは重く嫌な予感しか感じられなかった。


「はぁ~……どうなるんだろ。僕」


 小さく漏らしたその声は、理事長室を出た長い廊下に小さく響いた。





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