第一章 悪魔遊戯《デスゲーム》

第1話 日常

 魔術。それは、ニックにとってかけがえの無いもの。ニックという人、その者を作り上げていると言っても過言ではない。けれど、その魔術はニックにこたえてはくれない。何年もの間、その兆しさえ見えていない。

 ニック・ハーヴァンス十六歳。使える魔術は一つだけ。別段、すごい魔術ではない。下位魔術で、誰でも子供の頃に使えるようになるような魔術である。







「よー! ニック! 出来もしねー魔術の勉強かー?」


 紺色の制服のポケットに手を突っ込み金髪オールバックの少年は、ニックを嘲笑あざわらう。それに、つられ周りの生徒もニックを笑う。そのグループ以外でもくすくすと笑い声が微かに耳に届く。

 一番後ろの窓側の席で魔術の本を読んでいたニック。それを無理矢理、無視し黙々と黒いメガネのレンズから魔術の本をのぞく。


「まぁ、がんばれよ~。おちこぼれ~」


 少年たちは、愉快そうに笑いながら教室を出ていく。少年たちが教室から消えたところで誰も居ない扉を呆れた表情で見つめた。


「はぁー……」


 思わずため息が漏れる。別に今は勉強なんかしてない。魔術の本を読んでいただけだ。

 そんなことを思っていると目の前に誰かがやって来た。スカートとそこから伸びる白い素肌からして女子だということが予想できる。って何を見ているんだ、本を見ろ、本を。


「ホント、あいつら嫌な奴らだよねっ!」


 透き通るような声が少し苛立ちを含んでニックの耳に届く。いつも聞く声にニックはなんとも言えない安心感を抱きながら顔を上げて苦笑する。


「あっはは……。確かに」

「もぅ、今度一発かましてやろうかな! こう、ズドーンって感じで!」

「それは、色々止めておいた方が良いと思う……」


 リナ・フロース。ニックの唯一の友達。炎のような赤い髪、腰まで伸びた髪がさらりと揺れる。髪と同じ赤い瞳が教室の出口をとらえ、ほほを膨らませて少年たちのことをブツブツ言っている。椅子の下に魔法陣仕掛けて座った瞬間爆発的な……。いや、マジで止めてね? そんな事したら教室吹っ飛んじゃうから。


「でも、まぁ、いつもの事だし。リナが気にすることじゃないよ」

「それで良いの、ニック。それに私も気にするよ? だってニックの事悪く言われると私、やだもん!!」


 ニックの机に両手を勢いよく叩きつけて前のめりになる。息がかかるほどに近づく。加えてほどよく膨らんだ果実がニックの視線を誘惑してくる。

 ニックの心臓が大きく跳ね上がった。心臓の音がうるさい。周りにこの音が聞かれているのではないかと心配になる。それになんか暑くなってきた。


「ん? どうしたのニック? 顔赤いよ?」

「な、なんでもないよ! さ、さあー、勉強勉強!」


 明らかに動揺しながらニックは、魔術の本をリナとの間に割り込ませる。ニックの視界からリナを消し去りたくさんの文字が書かれているページを見つめる。当然、文字は頭に入ってこない。

 リナは、首をかしげて小さく呟く。


「変なニック」


 その呟きは、ほぼ同時に鳴った休憩時間終了を知らせるチャイムによってかき消された。


「あ、チャイム鳴っちゃった。じゃ、また後でねニック」


 リナは、軽く手を振って自分の席へと小走り。

 ニックは、魔術の本の上から顔を出しそんなリナの背中を眺める。思わずため息が漏れた。心臓はすでに落ち着きを取り戻している。


「もう少し自覚して欲しいんだけどな……」


 天然なのか、無邪気なのか。ああいう行動は出来ればしないで欲しい。心臓が持たない。ニックの気持ちには、気付いていないのだろう。普通気付いていたらあんな行動は出来ない。

 そんなことを考えている間にいつの間に来ていた薄毛の先生が委員長に号令をうながす。

 数人居なくなった教室で静かな授業が開始された。





「え~、ですから、ここはこうなる訳です。皆さん、分かりましたか~?」


 先生の気の抜けた声が静かな教室に響く。先生の毛も抜けているというのは突っ込んではいけない。

 黒板の文字をノートに写し終わりふと、リナに視線を向ける。残念な事にニックとリナの席は結構離れている。リナは廊下側の前の方だ。それでもリナの姿は確認出来る。

 真剣な表情でノートをとっている。いつものふんわりとした感じはなくなり、かっこよく思えてくる。


「……今は授業中だぞ……。集中、集中」


 ニックは頭を振って小声で自分に言い聞かせる。

 その時、世界が一瞬鼓動した。


「え……?」


 ニックは、教室を見渡す。その一回の鼓動に気付いている人は誰もいないのか黙々とペンを走らせている。

 でも、今確かに……。


「ニック君、どうかしたかね? そんな顔をして」

「えっ、あ、いえ。何もないです。はい」


 薄毛の先生は、「しっかり集中してね」と言いながら授業を再開する。くすくすと静かだった教室に雑音が入る。


「はぁ~……。気のせい、なのかな……?」


 ため息を漏らし、窓の外を見上げた。

 いつもと何も変わらない青空が広がっている。鳥は優雅に飛んでいるし、木は風に揺られている。どこも変な所はない。

 けど、ニックにはさっきの鼓動が不吉な予感を知らせているのではと不安になった。





 

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