アット ア スーパーマーケット

黒野須

第1話

 仕事が終わるのは、だいたいいつも十時くらい。

 車に乗って、家までおおよそ三十分。

 朝と違って渋滞のない道を、速度はそこそこに、人や動物の飛び出しには気を付けつつ走っている。

 この帰り道、気分良かったことなんて、年末や金曜に早く帰れたとき以外、ほとんどないんじゃないだろうか。

 最悪ではないにしろ、今日も今日とて多少ふさぎ込んだ気分でアクセルを踏む。

 両脇に田んぼが広がる対面通行の道を走っていると、遠くに煌々と明かりを放つ建物だみえてくる。見えていて遠い、その建物に、僕は向かっている。

 郊外型の大きなスーパーマーケットである。専門店街も、飲食店街も、映画館もついている大きいやつだ。

 とはいえ、十時を過ぎるとその専門店街側は店を閉め、大きい駐車場には車もまばらだ。土曜日曜ともなれば、空いているスペースを探すのに延々と周回しつづけなれければならないこの場所も、今は寂しいくらい広々自由に使える。

 夕食を通り越し、もはや夜食になってしまった、本日二食目の食べ物を買いに、入り口へ向かう。本日二食目なのは基本朝食べないからだ。

 建物の中は、大変明るい。だいたい、この時間の気分と反比例している。

 カゴを取り、お惣菜のコーナーへと向かう。

 この時間でも、意外に人がいる。僕と同じくシャツを着た会社帰りの男、ジャージ姿の若い兄さん姉さん、外国人の家族連れ。ほんの数時間前は子連れの親子や夫婦が多かったのだろうが、客層はまったく変わる。普通の八百屋だとか、デパートだとか、衣料品店じゃあこんな客層の変わり方はしないだろう。遅くまでやってる大きなスーパーというのは、面白いところである。

 この時間から料理するのはめんどうだが、うどんを湯がくくらいだったらいいだろう。うどんは冷凍のものが家にあるから、それに乗っけるなにかが欲しい。僕はちょっとだけ希望をもって、揚げ物が並んでいるコーナーに向かう。

 が、たどりつく前から、希望は雲散霧消する。そもそも、揚げ物のコーナーになにも残っていないのが、遠目からわかってしまった。たまにこの時間でも残っていて、しかも半額以下になっているのだが、今日はだめだった。

 ふと隣に目をやると。近くにいた頭の薄いおじさんが、最後に残っていたお惣菜コーナーの餃子をとった。そもそもうどんに乗せるものを探していたわけだから、餃子は最初から選択肢にのぼっていないわけだが、しかしそれでもなんとなく悔しい気がしてしまうのは、僕が貧乏性だからだろうか。

 気を取り直して、先へと向かう。

 この先にあるのは魚コーナー、精肉コーナー、成型肉コーナー、卵・豆腐・納豆コーナー、乳製品コーナー。うどんに乗っけられるのは、油揚げか豚肉か、卵か納豆か。とりあえずは、順路通り、魚コーナーへ向かう。いくつか刺身が残っているが、さすがに色が悪い気がする。でもまぐろだったら、買っていってもいいだろうか。刺身のツマはあんまり食べないので生ごみが残ってしまうのがネックだが、幸い明日は燃えるゴミの日だ。

「あっ、これ、安いじゃん」

「あっ、ほんとだ。買ってこ買ってこ」

 しかしながら、最後に残っていたマグロを、ジャージ姿の男女に取られてしまった。ああっ、と思わず口にでそうになる。

 いやいや、冷静になろう。

 マグロはうどんにのっけられない。のっけられないことはないだろうが、今日はそういう冒険の日じゃない。そもそもの目的を認識しなおせ。今日の仕事の失敗を思い返してみろ。同じように、目的を見失ってしまったことに原因があったからじゃないか。立ち止まれ。考え直せ。

 僕は先を見る。さっきの餃子のおじさんやら、外国人の家族連れやらが物色しながら先に進んでいる。僕は彼らに、ことごとくこの先にあるうどんの具を取られてしまう気がしてきてしまった。もしかしたら、今日はそういう日かもしれない。素うどんも味気がない。

 納豆だ。

 そう思った。うどんを湯がいてお湯を切り、納豆を乗せてかき混ぜる。

 これだ。

 僕は他のコーナーを無視し、納豆コーナーに向かう。

 が、この判断がミスだった。

 今日に限って、納豆がない。

 こんなことあるのか。いや、たまにあるか。棚を見ると”昨日のテレビで紹介!”と札が書いてる。納豆の健康効果が特集でもされていたのだろうか。いまさら納豆の特集なんかするな!

 僕は気持ちはや歩きで精肉コーナーに戻る。

 ちょうどあの若いジャージ男女と、餃子おじさんと、外国人家族がそこにいた。割り込むような形になって目立たないよう、しかしものを取れる位置に、僕は並んだ。


 小さなパックの豚バラが、半額になっている。


 これだ! と僕は思う。

 液体のかつおダシに顆粒の昆布ダシを入れたつゆに、この豚バラを乗っける。量もちょうどいい。生ごみも出ない。

 ジャージと餃子が動いたように見えた。ここは負けられない。

 負けたくない。

 一日の終わりを、もともと気分の下がっていたこの一日の終わりを、最悪の形では終わらせたくない。

 ただその一心で、僕は豚バラに手を伸ばす。


 その柔らかいラップに、僕の手が触れる。白いトレーをしっかりとつかむ。


 一瞬視線を感じた気がしたが、僕はそれをカゴに入れ、その場を立ち去った。


 御会計は、飲み物を合わせて二百円少々。

 袋もいらなかったので、ただで使える薄いビニールにそれを入れ、車へ向かった。

 気分は、少々よくなった。


 家に着いたところで、僕は「あっ」と声を上げる。

 僕はかばんを置くとすぐに冷凍庫を開けた。

「あーっ」

 冷凍庫に、あったはずのうどんがない。

 そうだ、昨日お酒を飲んだら食べたくなって素うどんを作って食べたんだ。

「まじかあ」

 僕はそれだけでは物足りない豚バラ肉を片手に、冷蔵庫の前に立ちつくす。

 コンビニに行ったっていいが、正直ちょっとめんどくさい。


 目的うんぬんじゃなくて、そもそも現状把握が足りていない。

 これもよく仕事で怒られるパターンだな、とぼけっと思いつつ、空腹の音を鳴らすおなかをなでた。 







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アット ア スーパーマーケット 黒野須 @kuro_2nd

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