第3話

「わぁ……」

 リンコは感嘆の声を上げた。


 目のまえに、赤を基調にしたオパール色の長髪、真珠色をした一本の角を持つ、言葉では言い表せない美しい女性が座っていた。


 気だるげな瞳はもとより、少しだけ上向いた真っ直ぐな鼻、ふっくらとしたまるで果実のような唇。色は抜けるような白。健康的な頬。どんな男も女もその美しさにため息を漏らすに違いない、とリンコは思った。


「先祖返りは醜いって聞いたよ……」

 リンコはようやく口を開いた。


 その言葉を聞いて、ディヴァナシーが笑った。

「そのとおりだ。雄の間だけでそう言われている。わたしのようなものは隠されて育てられて、長だけのものになると決まっているのだ。リョダリは両親や教育を受けるための長を失った。だから、この秘密を知らないのだ。知らせようと思えばできるだろう。だけど、わたくしはしない。わざとリョダリに知らせてない。それは、リョダリが醜いと言う前にわたくしを嫌っていることを知っているからだ。リョダリの意思に任せることにしたのだ。こんなバカバカしい駆け引きはしないほうがいいと分かっているのだが……、もう後に引けなくなってしまった……」


 最後の言葉の後、ディヴァナシーは苦笑いを浮かべた。


「許嫁だって決まってるのに、駆け引きなんて必要なの?」

 意味がわからず、リンコは素直に訊ねた。


「わたくしは、幼い頃、そのドゥルラナを使って、リョダリに恥をかかせた。彼はそれを根に持っている。わたくしは謝ればいいものを謝りそこねた。そして、その後、謀反が起こった。そのまま時が流れて、リョダリは番いを決めねばならない時期に来たのだ。リョダリはわたくしを雄の言うとおりに、醜いと思っている。それ以上にプライドからわたくしに番いの申し入れができずにいる。雌達はわたくしのことが分かっているので、リョダリの番いの申し出をすべて断ってしまった。進退窮まって、リョダリはドゥルラナに花嫁を召喚しろと言い出したのだ。わたくしが一度でも彼の前にたてば済むことなのに……」

「じゃあ、今から行けばいいじゃないの」


 ディヴァナシーは自嘲の笑みを浮かべる。


「そうして、またリョダリに恥をかかせるのか? 一度かかせた恥を忘れぬ雄に?」

「う……」


 そういうものなのだろうか……? リンコにはディヴァナシーとリョダリの関係や思いがわからなかった。けれど、自嘲の笑みを浮かべるディヴァナシーは辛そうだった。


「ディヴァナシーはリョダリのことが嫌いなの?」

「ふふ……、リンコは子供のように遠慮なく聞くな……。わたくしはリョダリを愛している。それも、幼い頃から。リョダリは小さい時から優れた雄だった。それは見惚れるほどの。わたくしは自分の気持をごまかすために、ドゥルラナを使って、リョダリをけしかけた。リョダリより年上で、しかも成人した雄を使って。だから、リョダリはドゥルラナをも目の上のたんこぶのように感じている。シャーマンは特別な存在だ。時には長の言葉よりもシャーマンの言葉のほうが尊重される。リョダリはわたくしのことだけでなく、ドゥルラナのことも嫌っているのだ。だから、今回のような召喚の儀を命じたのだ。失敗させるためにな」

「ええ……?」


 リンコは横に座り込むドゥルラナを見つめた。


 ドゥルラナが困ったような笑みを浮かべた。

「ディヴァナシー様の言うとおりなのです……。わたしは幼い頃にリョダリ様に恥をかかせました。子供だとはいえ、リョダリ様はプライドが高い方だった。わたしの所業も、命じたディヴァナシー様のことも許せなかったんでしょう。しかも、間もなく、親族間で裏切りに遭い、両親を失いました。祖父の長も。他の親族に助けられたとはいえ、幼い頃に親族から裏切られたのですから、猜疑心も強くなってしまいました。そして、成人する前に長になってしまったことで、虚勢を張ることに慣れてしまわれたのです。それを理解する雄は、リョダリ様を守りました。ディヴァナシー様も。リョダリ様を止められるのは、今や誰もいません。雌の力も無視してしまいましたから。わたしもディヴァナシー様も召喚のことは内心反対でしたが、見返りに雌を解放するとおっしゃられて、雄が賛同してしまったのです。雌も喜んでいます。それで、召喚の儀式を行わずにいられなくなったのです」

「大義名分とか言う奴なの……?」


 ドゥルラナが済まなそうに目を伏せた。

「そうです」


「だから、ガーディアンになると言ったの?」


 リンコの言葉にドゥルラナはいいあぐねた。


「ガーディアンは愛する雌のために番いにならずに守るという意味を持つのだよ」

 代わりに、ディヴァナシーが答えた。


「愛する……?」

 リンコは意味が飲み込めずにドゥルラナとディヴァナシーを交互に見た。


「要するに、発情したリンコに、ドゥルラナは雄として答えてしまったということになるわね」

 くだけた口調でディヴァナシーが笑いながら言った。


「面目ありません」

「いや、仕方ないでしょう。雌にも分かるほどの香りですものね。最初に嗅いだあなたが恋に落ちてしまうのは」

「恋に落ちた……!?」


 リンコは目を丸くした。

「ドゥルラナは私のことが好きなの!?」


 すると、ドゥルラナの頬が赤くなった。

「ガーディアンですよ、あくまで……。あなたはリョダリ様の花嫁ですから……」


「わたしはリョダリの花嫁になんかならない」

「けれど、召喚されてしまったことは、もう知られています」


 ディヴァナシーが付け足した。

「あなたの姿は、後宮に来る間に、たくさんの雄が見ています。誰かがリョダリに告げたでしょう」


「そうです。早ければ、今夜にでもリョダリはあなたを花嫁として番い、交尾することを強要します」


 リンコは頭を抱えて叫んだ。

「信じられない! 頭がどうかしてるんじゃないの! こんなの、こんなの、強姦と同じだよ! 結婚は普通、お互いが好きになってするものじゃない!」


「リョダリはネックレスを取ったあなたを愛するでしょう。あなたも発情した雄の匂いを嗅げば、即座に相手を愛すると思います」

「愛とかってこんなに簡単なものでいいの!?」

「簡単ではないですよ。発情はタイミングです。あなたが発情していなければ、リョダリは無理強いをすることになります」


 リンコは混乱して、手近にあったクッションをドゥルラナに投げつけた。

「いやよ! いや! 結婚なんてしない!」


 激しく泣き始めたリンコをドゥルラナは困惑して見つめるしかなかった。どうにかしてこの可愛い雌を安心させたかった。すると、ディヴァナシーが言った。


「ドゥルラナ、今は一旦下がって。わたしが、リンコに諭しましょう。この雌は準備以前の問題を抱えていますから……」


 ドゥルラナは立ち上がった。

「分かりました。では……、よろしくお願いします」


 泣きわめくリンコを残して、ドゥルラナは後宮を出た。

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