勇者と呼ばれた男の話

灰色平行線

勇者と呼ばれた男の話

 ある国の姫が魔王によって攫われてしまった。国の王様は国で1番強く女神の加護を受けた男、勇者を呼び出した。

「勇者よ、必ずや姫を救い出してくれ」

「王様、安心してください。必ずや、姫は無事に連れ戻してみせます」


 勇者は魔王を倒すためには仲間が必要だと考え、冒険者の集まるギルドで仲間を募集した。

「勇者だ。皆、よろしく頼む」

「俺は戦士だ。力仕事は任せときな」

「私は魔法使いよ。魔法なら頼りにしていいわ」

「盗賊……よろしく……」

「し、シスターです!か、回復なら任せてください!」


 勇者は魔王の城へと向かう準備のため、王様からもらった金で店に立ち寄った。

「道具屋、薬を一通り頼む」

「はい、勇者様。魔王討伐、頑張ってください」

「武器屋、この剣はいくらだ」

「ええ、それでしたら―」


 勇者は旅の途中で山賊に襲われた。

「ここを通りたければこの山賊様に有り金全部払うんだな!」

「山賊なんかに払う金などない!行くぞ!皆!」


 勇者は旅の途中でとある村に立ち寄った。

「私はここの村長です。勇者様、1つお願いがございます」

「何か困り事か?」


 勇者は旅の途中で魔王軍の幹部に出会った。

「私は魔王四天王が1人!妖狐のフォック!覚悟!」

「来るぞ!皆、構えろ!」


 そして勇者は旅の中で数々の出会いを繰り返した。

「行商人です。良い品物揃ってますよ?」

「私がエルフの長、マギナだ。用件を聞こう」

「私村娘!お兄ちゃん勇者なの⁉すごーい!」

「魔王軍の切り込み隊長!レッドウルフのヴェンドとは俺のことだ!」


 そして、長い旅の果て、勇者はついに魔王と対面する。

「我こそは魔王グランブレグなり!王族の魔力は特別だからな、我が魔族の発展のため、姫には永遠に魔力を吐き続ける装置となってもらう!」

「そうはさせるか!魔王!決着をつけてやる!」


 激しい戦いの結果、勇者はついに魔王を倒す。

「見事……最後に、お前の名前を聞かせてくれ」

「勇者……勇者だ。それが俺の名前だ」

「それは、肩書きだろう……我が聞きたいのはお前の名だ……」

「俺の……名前?俺は……俺の名は……」


 勇者とその仲間達の活躍で姫は助け出され、国に平和が戻った。

「よくやってくれた。勇者よ、感謝しているぞ」

「……はい」

「どうした?何か悩み事か?」

「いえ、旅の疲れが出たのでしょう……」

「そうか。無理もない。今日はゆっくり休むといい。明日は姫の帰還と勇者の活躍を称えてパーティーを開こうと思っている。楽しみにするが良い」

「ありがとう……ございます」


 魔王を倒した勇者の活躍は瞬く間に国中に広がった。勇者は皆の憧れとなり、国の中で「勇者」の名を知らない者はいないだろう。

「俺の名前は……俺の名前は……」

 だが、勇者は心にぽっかりと穴が開いたようだった。

 肩書きと形式にまみれた人間社会の中で、勇者は悩んだ。


 その後、「勇者」としか呼ばれなかった男がどうなったのか、誰にも分からない。

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