NISEMONO
海岳 悠
プロローグ
全身が真っ黒でフードを深々とかぶった奴が佇んでいた。闇に溶け込むような不気味さに少女は身震いした。このあたりは街灯が少ないためとても薄暗い。少女は全身に力を入れ、足早に奴の横を通り過ぎる。ちらりと目だけを奴の方に向けたが、その素顔を取られることはできなかった。
心臓は百メートル走をやったあとのように高鳴っていた。あれは一体なんだったのだろうと、スマホを取り出す。
時刻は七時半を回った頃だった。こんな思いをするのなら、あいつのことなんて訊かなければよかった。
ふと、少女が視線を上げるといつも通っている大通りが見えた。少女は大きく息を身体から抜くように吐いた。今日はどうも散々な一日なのかもしれないと肩の力を抜いた。
信号が赤になったのを見て、少女は再びスマホを取り出す。スマホの画面を見つめたその時だった。街灯に照らされた自分自身の顔ともう一つ別の顔が写りこんでいた。
少女は思わず小さく悲鳴を上げ、助けを呼ぼうとしたが、身体にうまく力が入らず身動きが取れない。
いつから奴は自分の背後にいたのだろうか、と思うと身体中に鳥肌が駆け巡った。全身が真っ黒でフードを深々と被っている奴。
誰か周りに人はいないかと見渡すも、少女と奴以外の姿はなかった。少女は身の危険を感じた。勇気を振り絞り、後ろを振り返る。
「……なんだよ」
耳に障る甲高い声が闇に飲み込まれていく。まるで自分の声ではないように聞こえた。
奴からは何の返答もなかった。笑っているかも、泣いているかも、読めない。生きている人間なのかも怪しかった。
だから、少女は油断した。そんな奴がそれほど早く動けるとは思わなかったからだ。気がついたら、少女は地面に倒れていた。
後頭部が熱く痺れているような感覚。そこで初めて、頭を殴られたのだと気づいた。
少女は意識が薄れていく中、奴を睨んだ。
「あなたの身体をお借りしますね。木村綾子(キムラ・アヤコ)さん」
奴は笑っていたと思う。そんなあいまいな感覚の中、奴はフードを取り払った。街灯と月明かりが奴を照らす。
少女は絶句していた。まるで鏡でもみているかのように確かに自分の顔はそこにあった。
「お前……は……」
少女は声を振り絞った。身体が正常だったら、今すぐにでも殴りつけてやりたい。握り締めた右手は震えていた。だんだん足先から寒気が這いよってくる。
「仕方がありませんね」
どこかで聞いたことのある声。少女は今にも途切れそうな意識の中、必死に探し求めた。この声は――。
仮面を剥がした素顔を見て、少女は言葉を失った。
「私はあなたです」
その言葉に少女は顔を歪めた。そして、手をそいつに向けて伸ばそうとしたところで少女は意識を失った。
「さよなら……木村綾子さん」
その声は嘲笑うようでもあり、悲しげでもあった。フードを再び深く被り直し、奴は混沌とした世界に紛れ込んでいく。
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