5-4

 きらきらきら、と。

 黒い粒子が雪のように降り注ぐ中、手にした黒い石は静かな輝きを放っている。

「……色々と言いたい事はあるが」

 不遜な声色に視線を向ければ、リルがいつも通り、腕組みしてふんぞり返りながら、こちらを睨み上げていた。

「助けに来て、わらわの力も取り戻してくれたのだ、礼は言っておく」

 ちっとも感謝してなさそうなその態度さえ、今は愛おしく思える。ライルは苦笑しながら、「ほら」と『真白まつくも』の力の欠片を差し出した。

 リルが神妙な顔で二つの石を受け取り、大事に大事に胸に抱き締める。石は一際まばゆい光を放ったかと思うと、リルの身体に吸い込まれて消えた。

「これで、『真白』の力は全部取り戻したな」

 身に満ちる達成感をしみじみ噛み締めながらライルが笑いかけると、

「いんや」

 途端にリルが唇を引き結び、首を横に振った。

「わらわの力の小さな欠片は、いまだ幾千の竜になって大陸中に散っておる。彼奴らから力を取り返し、一匹残らず消し去るまで、神の竜は真には蘇らない」

 ならば、狩竜奴かりゅうどとしてする事はひとつだ。ライルはどん、と拳で己の胸を叩き、得意気に笑う。

「そんなの、俺がついていれば簡単だろ。今なら千匹だってあっという間に狩る自信があるぜ」

 調子に乗るな、と、リルが小突いて来るかと思った。だが今、彼女は何かを思いつめた表情をして軽くうつむいたまま、沈黙を保っている。何か言ってくれないものかと不安になった頃。

「いや、ここまでじゃ」

 リルはゆるゆると首を横に振り、顔を上げて、今にも泣き出しそうな笑みを乗せた。

「わらわと貴様の契約は、あくまで『真白』の力を持つ伝説竜を倒す事。それが成った今、これから先は、わらわひとりで為すべき責任じゃ」

 ぽかん、と。言葉の意味をはかりかねて、ライルはしばし大口を開けたまま呆けてしまった。だが、理解すると、驚きと、腹の底からの怒りがこみ上げ、

「……ふざけんなよ」

 と、鬼の形相でリルの胸倉をつかみ上げていた。

「何、勝手な事言ってやがる。てめえの都合で狩竜奴にしといて、てめえの都合で勝手に契約解除するのか」

 しかしリルは動揺も激昂もしなかった。静かに凪いだ琥珀の瞳を向けて、しれっと言い放つ。

「貴様とて、わらわに振り回されてうんざりしておったろうが。もう、地獄の筋肉痛も味あわずに済むのだぞ。万々歳だろうて」

「万々歳じゃねえよ!」

 中身抜きにして相手は小柄な少女、という事も忘れて、ライルはつかむ手に力を込める。

「もしひとりで行くってならな、俺をブチのめしてからにしろ! ひとりでやっていけるって証明し」

「ろ!」まで言い切る事はできなかった。ライルの巨体がふわりと浮いたかと思うと、次の瞬間には、ずどおおん! と大音声をあげて、地面に叩きつけられていた。『闇樹あんじゅ』にこてんぱんにやられた時は、リルを助ける、の一念に駆られて痛みもほとんど麻痺していたらしいが、改めて投げ飛ばされると、相当に痛い。骨がきしんで悲鳴をあげた。

「ライル殿!」

 凪音なぎねが慌てて駆け寄って来て、ライルの傍に膝をつく。その様子を冷ややかに見下ろしながら、「どあほ」リルが吐き捨てるように言った。

「最初に会った時のわらわにのされた貴様が、どうあがいたところで、いつまでも勝てやせんわい」

 そしてライルの胸に手をかざし、目を閉じる。白い光がライルから浮き上がったかと思うと、リルの手にふっと吸い込まれて消えた。その途端、背中の翼も、自分の中でたしかにリルと繋がっていたと思える感覚も消失する。リルがライルから『真白』の力を完全に取り上げたのだ。

「何を……」

 呆気に取られるライルと凪音の目の前で、リルはふいっと背を向け、宙に向かって両手を伸ばし、今まで聞いた事も無いほど大人びた声で宣誓した。

「大陸を創りし創造主。神の竜『真白』が願う。力を取り戻せし今、真なる姿を再び我に」

 ぶわりとまばゆい光が空間一杯に満ち、きいんと高い音が響いて、ライル達の視覚聴覚を奪う。だがそれもしばらくの間の事で、光と音の奔流がおさまった時、そこにいたのは、巨大で、輝く鱗も、口からのぞく牙も、まっすぐ伸びた角も、背に生える天使のような翼も、見事に真っ白な竜。文字通り『真白』だった。

『お別れじゃ、ライル、ナギネ』

 リルは――いや、『真白』は、リルの名残を残す琥珀色の瞳でライルと凪音を交互に見やっていたが、やがて、声ではなく、直接脳内に響くような音で語りかけて来た。

『神の竜は神の元に。人は人と共に。それが一番自然な姿じゃて』

 まだ全身に痺れが広がって、大の字に寝っ転がったままのライルに、『真白』がそうっと顔を寄せる。そして、大きな口を一生懸命すぼめて、ライルの唇に、軽く触れた。

『さらば』

 それを合図にしたかのように、ライル達の視界が再び光で埋め尽くされる。あまりの眩しさに目をつむると、身体が浮き上がるような感覚が訪れる。

『幸せになれよ、我が狩竜奴』

 それが、ライルが聞いた最後の、彼女の言葉であった。

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