誰何

     ★☆★☆★


 まぶたをひらく。ダニエルの腕に、緋色ひいろの鳥がとまっていた。意識をうしなうまえとおなじように。ひとつだけちがうのは、そこにいた存在は自分とひとつになり、クレア・モーリスの機械化きかいか躯体くたいにやどっていることだ。

 クレアは、普段とおなじ頼り甲斐のなさそうな笑みをうかべたダニエルをにらみつける。

「よくもだましてくれたわね」

「すまない。こうするほかに方法がなかった」

「まあ、たしかにどうしようもないわね、こんなものがあるんじゃ」

 わずかにまゆをしかめたクレアが歌を口ずさむ。たちまちのうちに彼女の機械化躯体に組みこまれていた盗聴デバイスのプログラムが解体され、改竄かいざんした情報をながすように組みかえられた。ファンと統合するまえにくらべて、はるかに処理能力が向上しているのがわかったが、馴染なじみの感覚のようにもおもえた。

「――紅焼ホンシャオ牛腩ニュウナンの紅焼とはソイソース煮込みのことです。その色合いから紅という呼び方がなされるようになりました」

 鳳の結界にとらわれたシュリは、いまだにダミー情報との対話をつづけていた。うつむいたクレアがつぶやく。

「シュリを、……助けにいかないと」

「付きあおう、お嬢ちゃん」

「そうはいかないわ。これはもう、捜査じゃないもの」

「だが私は君のバディだろう?」

「……どうしてそこまでして、私に力をかしてくれるの?」

「ラーマーヤナをしっているか? シータ王女を救いにいくラーマ王子を、ハヌマーンという猿が手助けするんだ」

「いつもそうやってはぐらかすのね。ねえ、あなたは一体、誰なの?」

「そうだな、すべてがおわったら話そう。約束だ、お嬢ちゃん」

 オニキスのごとき虹彩こうさいがダークブラウンのひとみをみすえる。そのまま、ゆっくりとみっつ、呼吸するほどの時間がすぎた。

「ひどいことになるわよ、もし約束をやぶったら」

「了解だ。よくしってるさ、お嬢ちゃんがおっかないのは」

 ところで、とクレアはわずかに表情をゆるめる。

「ひとつ、提案があるんだけど」

「何かな?」

「いまの私も名前でよぶべきよ。私が鳳だったときは鳳とよんでいたのだから」

「気恥ずかしくていまさらそれもな」

 一度、私を名前でよんだでしょう、と言いかけた言葉を飲みこむ。鳳がかたらなかった記憶だった。インドラジットにうたれて意識をうしなう直前、あらわれた人物はたしかに自分の名をよんだのだ。なつかしい響きをもって。

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