Middle 1-1 黒炎の片鱗

 速人が目を醒ましたのは清潔な病室のような、しかしどこか緊張した雰囲気の漂う部屋だった。


「ぁ…あ…!?」


 のどがかさつき、うまく声が出せない。咳き込むと口の中が鉄臭い。

 それが血の臭いだと気づき、驚いて跳ね起きる。

 ベッドの向こうではスーツ姿の男がタブレット端末を弄っていた。


「あ、起きましたか。おはようございます~。」


 シワの目立つスーツに、眠た気な眼元…だがその奥の眼光は、油断なく速人を捉えていた。


「…あたは?僕はんで…?」

「ボクは炭井すみい六郎ろくろうといいます。無理をしないで、ひとまずこれを飲んでいてください。」


 よく分からないまま、差し出されたほうじ茶をすする。

 ぬるめのお茶は乾ききった喉に染みわたり、深く息をつく。


「侵蝕率45%…今のところ心配はなさそうですね。」

「ここは…どこなんですか?僕は女の人に会って、それで…。その後…。」


 そのあと…何かがあったけど思い出せない、いや、思い出したくない。

 起こったはずのを思い出すのが怖くて仕方がない。

 身を焦がす恐怖に、震える声が漏れる。


「あ、あ…。」

「氷見川速人クン?」

「あ゛、あ゛ア゛ア゛ア゛、ア゛…!」


 恐怖そのものが具現するように、黒い炎のようなが速人の身体から吹き出す。

 荒ぶる力の奔流が、周囲の物を次々に焼き焦がしてゆく。


「…いきなり暴走ですか⁉しかもこれはかなり…!」


 漆黒の熱波から顔を庇いながら、炭井は懐からサイレンサー付きの拳銃を取り出す。

 そしてスーツの袖を焦がしながら真っすぐに銃口を向け、冷静に熱波の中心…速人を撃ち抜いた。


「―――!」


 速人の左肩を銃弾が突き抜けた瞬間、速人から立ち昇る黒い炎が動揺したように震えた。

 肩の傷口に黒いもやが吸い寄せられていき、銃創が埋まってゆく。

 黒い炎は消え失せ、速人は床に倒れ込んだ。

 

「炭井支部長!大丈夫ですか!?」

「あ、ボクなら大丈夫ですよ~。

 それより2に、そろそろ会議室で待つように伝えてもらえますか?」


 騒ぎを聞いて駆け込んできた職員に平然と伝言を任せ、炭井は速人を見やる。

 ブレザーはあちこち黒く焦げ、そこから覗く手は焼けただれていた。

 しかし速人が目を見開いている間に、火傷の激痛は消え、無傷の肌を取り戻す。


「これ、は…あの、黒いのは…?僕は、何が…。」

「そうですね。いいタイミングですし、まとめて話しますか。

 まずは…ボクの話を聞いてもらえますか?」


 混乱する速人に、炭井は落ち着いた口調で語り始める。

 速人が足を踏み入れてしまったを。


 ―――――


この世界には「レネゲイド」と呼ばれる、未知のウィルスが存在している。

感染した者は超人―“オーヴァード”となり、人間を超えた様々な超能力を振るうのだ。

しかし、一度覚醒しめざめたオーヴァードは、その凄まじい力に呑まれて徐々に理性人間らしさを失っていき、最後には理性を失った怪物…“ジャーム”に成り果てる。


日常の裏で、異能者オーヴァードによってもたらされる事件を追い、怪物ジャームを狩り、世界の秩序を守る組織…


「…それがボクたちUユニバーサルG・ガーディアンズ・Nネットワークなのです。

 と、ここまでよろしいですか?」


 まるで突拍子もない、ラノベの世界のような話。

 しかし速人自身が放った黒炎、見る間に治っていた火傷…他ならぬ自分自身のを目の当たりにし、ただの絵空事だと否定することはできなかった。


「僕は…どうしたらいいんですか?」

「まぁ安心してください。キミがこれからも日常を過ごせるように力を貸す、それもボク達の仕事です。

 ただその他に一つ、キミに協力して欲しいことがあるんです…。」


 かくして速人少年は非日常の世界へと踏み込む。

 絆と裏切りの世界へ…。



>SCENE WILL CONTINUE…>

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