第36話 皆の驚き

「何かありましたか!」


 礼拝堂の方からビュッカの声がする。駆けてくる足音。血だらけになって逃げ帰った2人に出くわしたのだろうか。


「ちょっと宗教上の意見の相違で揉めてしまってな」


 ひょいと控室から出した顔を見て、いつも沈着冷静なビュッカも驚きを隠せない。


「──カスロサ中尉! ……いえ、中佐、ええと、ご無事でいらっしゃったんですか?」

「無事ではなかったけどな、一応まだ生きてるよ」


 リシュアはいつもと変わらず、呑気に笑っている。ビュッカはハンカチを取り出し、流れ出る汗を拭いた。

 死人がいきなり現れたのだ、このくらいの反応は当然だろう。これがユニーやムファだったら腰を抜かしているところだ。



 そのうちに、戻ってこない司祭を心配したイアラやロタ、アンビカまでもが控室へとやって来た。

 司祭はだるい体をなんとか動かしながら、部屋の奥で破れたシャツを脱ぎ、同じ色のシャツに着替えローブを羽織っていた。


「司祭様、どうかなさいまし……。軍人さん──?」


 ドアの前でリシュアと鉢合わせした、イアラの声が震えた。イアラだけではない。皆の目が驚きに見開かれ、零れ落ちそうになっている。


「──お、お前、化けて出たのか!」


 ロタが近くにあったモップを掴み、構えた。今にも殴り掛かってきそうな勢いだ。


「相変わらず威勢が良いな。でも、怪我人なんだから乱暴はよしてくれよ」


 リシュアは苦笑する。見れば、白いシャツの胸の部分には血がにじんでいる。先程の乱闘で傷が開いたようだ。イアラとロタは息を飲む。


「何で今頃出てきたのよ。怪我してたって生きてることを伝えるくらいできたでしょ!」


 相変わらず容赦がないのはアンビカだ。本当は泣きだしたいくらいに嬉しい。しかしそれを表に出す事ができないのだ。


「色々あったんだよ」


 面倒くさそうに言って、リシュアは頭を掻いた。その陰から着替え終わった司祭が姿を現す。


「司祭様! お姿が見えないので心配しました。大丈夫でしたか?」


 まだ少し顔色の悪い司祭の手を取って、イアラは自分の方へと引き寄せた。リシュアから離しておきたいのだ。彼が生きていたことは心底嬉しい。しかし司祭を奪われてしまいそうで、その気持ちはやはり複雑だ。


「司祭様に長く留守にしたことをお詫びしてたところだ。積もる話があったもんでな、ついつい飲み過ぎたようだ。俺が司祭様を部屋までお連れするから、お前たちは祭りを楽しんでくれ」


 そう言って上着を羽織ると、まだ足元がおぼつかない司祭をイアラの方から引き戻し、ひょいと抱き上げた。そうして悠然と司祭の部屋へと歩き出す。周りの皆は呆気にとられたままそれを見送った。


 司祭はリシュアの顔をじっと覗き込んできた。


「お怪我をなさっていると聞こえましたが……」

「大丈夫です。こんなものかすり傷ですよ」


 リシュアは心配そうな司祭に優しい笑みを向ける。

 実際はあの爆撃の後に、1か月以上生死の境を彷徨っていた。しかし今はこうして愛する司祭が腕の中にいる。それだけで痛みなどまるで感じなかった。


 司祭の部屋の前に着いた。リシュアは司祭を抱き上げたままドアを開け、ベッドルームに直行した。

 そうして司祭をそっとベッドに寝かせて、ブランケットをかける。その手を司祭が掴み、リシュアの存在を確かめるように自分の頬に寄せた。

「もうお会いできないかと思いました」


司祭が目を閉じると、堪えていた涙が再びあふれ出てきた。その涙を拭って、リシュアは囁くように謝罪の言葉を口にする。


「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。グレッカ・ラギスを倒した私は言わば仇です。死んだことにしなければ、どこまでもアドラスの残党に追われ狙われると思い、仲間が細工をしてくれたのです」


 実際はアドラスよりも軍に狙われる可能性が高かったのだが、その話は司祭には聞かせなかった。味方に爆撃されたなどと話しては、司祭が絶望し嘆くと思ったからだ。


 生き残っていたリシュアのチームは、すんでのところでリシュアを救出し、彼に背格好が似た死体にドッグタグをかけて逃げた。

 執拗な爆撃の炎で死体は炭のように焼け焦げたため、軍はその死体をリシュアだと断定したのだった。

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