第33話 宴に呼ばれて

 アンビカのでワインの値付けとラベルの作成、そして許可の申請はすぐに行われた。旧市街の大きな酒販店に卸してもらえることにもなった。


 印刷されてきたラベルには寺院の絵が描かれている。それを一枚一枚ボトルに張り付けていくのだ。大量生産ではないし経費も抑えたいということで、イアラ、ロタ、司祭の3人で作業している。


 カトラシャ寺院のワインはワイン好きにとって垂涎の品であったため、酒販店が仕入れたものは飛ぶように売れた。


 一度にたくさん放出しては値崩れを起こすということもあり、一度に売るワインの数はそう多くなかったが、彼らの生活を潤すには充分だった。


「有り難うございます、アンビカさん。お陰様で安定した収入を得られそうです」

「いいえ、父に代わってのせめてもの罪滅ぼしです。司祭様のような尊いお方にこのようなご苦労をお掛けしまして申し訳ございません」


 司祭は首を振る。


「前にも申し上げましたが、アンビカさんがそれを気にする必要はございません。それよりもこのように私を手助けしてはお父上とのご関係が……」

「それは大丈夫です。司祭様も仰られたではありませんか。家族でも他人なのだと。父もこのことについて口出しはしないでしょう」


 実際は父親が知った時の事を考えるのは怖い。叱られたりなどしないことは分かっているが、侯爵が自分に対してどういう気持ちを抱くのか、それを考えると気が重くなる。

 司祭にはああ言ったものの、やはりアンビカにとっての唯一の家族は父ドリアスタ侯爵だけなのだから。


 あれからキルフには会っていない。電話は度々かかってくるようだが、居留守を使って電話には出ていない。手紙も届いたが、封は開けずにそのままになっている。あからさまに避けているのはキルフにも伝わっているだろう。

 むしろこのまま自然消滅してしまえばいい、アンビカはそう思っていた。

 

 浮かない顔のアンビカに司祭は声をかける。


「もしご都合が宜しければ明日の降星祭においでになりませんか? ささやかですが、皆でお祝いを致します」

「宜しいのですか? お邪魔ではないでしょうか」


 司祭は微笑みながら首を振る。


「そのようなことは決して。3人では少々寂しいと思っていたところです。勿論お忙しいようでしたら……」

「忙しくなど……お邪魔します。喜んで。有難うございます!」


 キルフの事を忘れて気晴らしがしたかったし、寺院でのお祭りに参加できることも純粋に嬉しかった。アンビカは即答し、司祭は嬉しそうに頷いた。


 

 翌日、イアラとロタがダイニングに飾りつけていたのは、色とりどりのモールや銀色の星だ。

 梯子を使っての作業だが、なんとも危なっかしい。昨年はリシュアが高い所を全部飾り付けてくれたのだった。イアラはリシュアに思いを馳せる。

 

 彼が司祭を想っていた事は、傍で見ていてもすぐに分かる事だった。それに応えるように、司祭の心もリシュアに傾きつつあったのも感じていた。

 しかし、昔から司祭を守ってきたのは自分だという自負がある。後からやって来たリシュアにとられるようで焦りを感じてもいた。


 彼の訃報は悲しい。しかし彼女の心のどこかに安堵の気持ちがあったのは事実だ。そしてそう思う事に罪悪感を感じてもいる。彼女の気持ちは複雑だった。



 夕方過ぎ、フルーツタルトを手土産にアンビカがやって来た。


「お招き有り難うございます」

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 4人揃ったところで皆でお祈りをし、早速宴が始まった。アンビカにとって、このような家庭的な食卓は初めてだ。

 ワインが売れ収入も増えたことで、食卓はお祭らしい華やかなものになっていた。チキンのローストやシーフードとハーブのサラダ、チーズの盛り合わせなど。皆で取り分けてわいわいと食べ始めた。


 イアラとロタ、そして司祭は仲睦まじく語り合っている。勿論アンビカも話の輪に加わり、会話と食事を楽しんだ。歌を歌い、ダンスを踊る。


 彼らを見ていると『他人が家族になる』という司祭の言葉の意味が良く分かる気がした。血の繋がりがなくとも、互いを思い合って気兼ねなく共に過ごすことができるのだと。アンビカは眩しそうに彼らを見つめていた。

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