第10話 父二人
リシュア戦死の
ルーディニア子爵の屋敷は重い空気に包まれていた。彼が生まれたときから世話をしてきたファサハは始終泣き腫らした目をしている。リシュアの姉のサリートも気丈に振舞ってはいたが、その表情が晴れることはなかった。
何より、一時は病も癒えて普通の生活を送れるようになっていたリシュアの父──ルーディニア・アム・テリアス子爵は、愛する長男の訃報に再び床に臥せてしまっていた。
「入るぞ」
子爵の寝室の外から、深いバリトンが響く。返事を待たずにドアが開いた。癖のない長い黒髪に緑の瞳。ステッキを片手に入室してきたのは、ドリアスタ・ルジュ・ギルダール侯爵。アンビカの父だ。
「具合はどうだ」
前置きもなしに訊ねる侯爵に、テリアスは薄く苦笑を浮かべる。この二人は竹馬の友であり、今でも気の置けない相手だ。
「心配をかけてすまない。君には昔から……」
「昔話をするほど老いてはおるまい。お前こそ余計な心配をするな」
遮るように被せられる言葉。テリアスは再び苦笑する。ギルダールは自分に対してまるで遠慮のない男だが、彼にはそれが嬉しかった。
テリアスが謝罪しようとしたのは彼の亡き息子のことだ。
ギルダールの愛娘であるアンビカが婚期を過ぎても独りなのは、そんなリシュアの奔放な行動のせいなのは明らかだ。
テリアスとギルダールはそれぞれ妻を
「世の中、うまくいかぬ事ばかりよ。自分を責めても致し方ない」
ギルダールは自分自身にも言い聞かせるように、そう言って目を閉じた。
「全く、その通りだよ」
テリアスも目を閉じ息を吐く。長いまつ毛が僅かに震えている。その額に何かが触れた。大きく武骨な友の手だった。
「熱はないようだな」
ぼんやりとテリアスは友を見上げた。深い緑の瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいた。その手が柔らかいプラチナブロンドの前髪をくしゃりと掴み、離した。
「早く良くなれ、テリアス」
それに答える前に、ギルダールはきびすを返し部屋を後にした。少し頭を上げてその後ろ姿を見送った後、テリアスは頭を枕に投げ出し、大きく息をついた。
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