第7話 援軍
部下の死を見届けると、リシュアの顔から一切の表情が消えた。そのままロッカーの影から飛び出し、女の足を撃った。
悲鳴をあげてラナンが倒れこむ。すかさず、盾を失ったラギスに銃弾を浴びせると、銃弾はその腹と肩、足に命中した。
「貴様……っ。女を撃ったな?!」
銃を持った手で撃たれた腹を押さえながら、ラギスは忌々し気に吐き出した。
「盾にしたのはお前だ」
一方リシュアは機械のような声で淡々と返す。ついさっきジャックが見せた笑顔が脳裏に浮かんでいた。人質を取られたからといって容赦すべきではなかった。リシュアは深い後悔の念に襲われていた。
ラギスは、へたり込んでいるラナンの傍に膝をついた。またもその裸体を引き上げて、己の盾とする。そのままやみくもに撃った銃弾が、リシュアの腕と太腿を撃ち抜いた。彼も思わず体勢を崩す。
「俺を殺しても、ここから逃げられはしないぞ。今俺の同志がここに……」
言いかけた眉間へと、リシュアが放った一発の銃弾が撃ち込まれた。
反政府勢力「アドラス」のリーダー、グレッカ・ラギスはこうして息絶えた。
「だから見くびっていたって言っただろう」
ぼそりと吐き捨てた声は、近づいてきた飛行機の音にかき消された。そこでリシュアははっとして顔を上げた。
この音は兵を運ぶ輸送機ではない。これは──
「戦闘機……だと?」
足を引きずりながらポーチに出ると、3機の戦闘機がこちらへと向かって飛来していた。リシュアは目を見張る。これが「援軍」だというのか。
「攻撃をやめさせろ! ラギスは俺が仕留めた! ──全員ここから退避しろ!」
部下に通信するが、伝わったのか伝わっていないのか、返答はない。
その時、背後から銃声がして、肩と脇腹そして背中に焼けるような痛みを感じた。防弾衣を貫通した弾が、リシュアの身体にいくつもの穴を穿つ。思わず床に倒れこんだ。
いつの間にかラギスの部下達が部屋の中に駆け込んで来ていた。ラナンが床を這いながらそちらへと手を伸ばす。
「撃たないで! 私よ!」
そんな声を後方に聞きながら、リシュアは意識を失いそうになりつつもなんとか立ち上がり、ポーチの柵に足をかけた。そのまま飛び降りると、二階の窓から地面に叩きつけられた。
受け身を取ることもできず、体中に激痛が走る。肋骨と肩、足も折れたようだ。銃創からの出血も酷い。
リシュアは息もできず、ただ呻いた。無理に息をしようとして、喀血する。コンクリートが一面朱に染まった。ミサイルが飛んでくるのが見える。
これで最期かと思ったリシュアの脳裏に浮かんだのは、司祭の笑顔だった。そして紅茶を淹れる白い手。初めて見たときの、林檎をもいでいた横顔。塔の中で一人泣いている姿。
司祭には悲しい涙を流して欲しくはない。自分が帰れなければ悲しませてしまうだろうか。泣かせてしまうだろうか。意識が薄れてゆく彼の脳裏に浮かぶのは、そんなことばかりだった。
悲しまないで欲しい。幸せになってくれればいい。彼が願うのはただそれだけだった。
リシュアは己の手の甲を見つめた。別れ際に司祭が「祝福のキス」をしてくれた手だ。あの時司祭は確かに彼の事を──。
その瞬間、複数の激しい爆発が起きた。あっという間に廃工場を破壊しつくし、周りは一面火の海となった。
ミサイルは工場の周りの敷地内にも複数着弾し、トウモロコシ畑もろとも全てが焼き尽くされた。ラギスの部下もリシュアの部下も、そしてリシュアの姿も激しい炎に飲み込まれ、消えていった。
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