第6話 グレッカ・ラギス

「このクラスの護衛が居るってことは、俺たちの読み通りこの先に奴はいるな」

「そうですね。いよいよラギスとご対面ですか」


 それから少しの間残りの2人を待ったが、彼らはやってこなかった。途中で手こずっているのか、それとも……。

 どちらにしても、もう彼らを待っている時間はない。リシュアとジャックは心を残しつつも先を急いだ。


 静かに、あくまでも静かに。彼らは工場長の事務所だった部屋へと近付いた。彼らの読みが間違っていなければ、ここがグレッカ・ラギスの部屋だ。

 耳をそばだてると、部屋の中から女の声が聞こえてくる。悩まし気な甘い声と、ベッドの軋む音。


「奴さん、お楽しみ中ですかね」


 それには答えず、リシュアはドアを細く開けて中を確認する。中は薄暗いが壁際の灯りがついており、暗さに慣れた目には中の様子ははっきりと見えた。


 ──いた。ベッドの上で男女が絡み合っている。男はラギスに間違いなかった。リシュアは一旦ドアを閉め、急いで部下に連絡をする。


「ターゲットを確認。至急増援を頼む」


 それから3分程の時間が経った。たった3分ではあったが、彼にとっては永遠とも思える長さだった。

 早く援軍を。今度こそ逃げられる前に完全に包囲して、奴を仕留めなければ。とリシュアはじりじりと待った。


 これ以上待ちきれない。そう彼が思ったとき、遠くから腹に響くような音が近づいてきた。


「──来た」


 待ちに待った援軍だ。

 同時に部屋から聞こえてきていた声が止んだ。異変に気付いたのだろう。しかしここで逃がす訳にはいかない。そう思ったリシュアは部屋の中に飛び込み、ロッカーの陰に素早く移動した。銃を構えてラギスに狙いを定める。


 1発の銃声で2発の弾丸が交差する。

 リシュアが放った銃弾はラギスの腕を撃ち抜き、ラギスが放った銃弾がリシュアの肩をかすめた。


「グレッカ・ラギスだな」

「よくここが分かったな」


 ラギスは、全裸の女を盾にして銃をリシュアへと向けている。用心深いこの男は当然ベッドサイドにも銃を用意していた。その手に握られているのはリシュアも見たことがない最新の銃だ。簡単に手に入る代物ではない。北の大国が背後にいるという噂は本当だったか、とリシュアはラギスを睨みつけた。


「卑怯者! 女を盾にするとは腐った奴め!」


 叫びながらドアの陰から発砲したのはジャックだ。彼はリシュアにも引けを取らない銃の名手だが、人質を取られているせいで狙いが定まらない。


「撃たないで! お願い!」


 女──ラナンが震えながら懇願する。恐怖で足に力が入らないのか、崩れ落ちそうになっている。

 ラギスは、そんなラナンの髪を掴んで無理やり立たせて盾にしていた。苦し気な声が女の口から洩れた。


 飛行機の音が間近に聞こえてくる。間もなく味方が突入してくるはずだ。それまで待ってもいいが、目指す敵はすぐ目の前にいる。今ここで自分の手で仕留めてしまいたいという気持ちがリシュアの胸に沸き起こる。


 リシュアも銃の腕には覚えがある。だが、ラナンに当たらないようにと放たれた銃弾は、ラギスをかすめるだけだった。

 ラギスはそのままじりじりと後退する。その先には外に面した窓が。ここで逃がす訳にはいかない。


 ジャックは咄嗟にドアの陰から飛び出し、ラギスの後ろに回り込んだ。リシュアと挟み込むようにしてラギスの背中を撃とうとしたが、逆にラギスが振り向きざまに放った弾丸を肩に受けてよろめいた。

 一瞬の隙をついて放たれた銃弾が、ジャックの胸を防弾衣ごと貫いた。 


「ジャック!」


 目を見開いて崩れ落ちた彼は、少しの間痙攣した後、動かなくなった。

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