第4話 工場への潜入


 そしていよいよ時は来た。新月の夜は、暗闇がリシュア達の部隊を飲み込んでくれる。襲撃には最適の夜だ。


 リシュアはふと、司祭の事を考える。今日も塔に誘われて、寺院を彷徨っているのだろうか。ビュッカ達には新月の夜、霧がある時は見回りをするなときつく言いつけてある。それでも、万が一にも何かあっては大変だ。


 勿論部下の身も心配だが、司祭の能力が明るみに出てしまえば、それまでリシュアが証拠を消して来た罪にも問われることになるだろう。司祭自身も己が人を殺めてきた事を知ってしまう。それだけはどうしても避けねばならない。

 しばしの間、彼は暗い夜空を睨みつけた。


「どうしました? 何か気になる事でも?」


 心配そうに部下にたずねられて、リシュアは我に返る。


「──いや、何でもない。行くぞ」


 司祭の事は気になるが、今は任務に集中しなければ、とリシュアは想いを断ち切るように頭を横に振った。


 車は目的地のずっと手前で乗り捨て、武器などの荷物を担ぎ徒歩で目的地に近づいていく。

 市街地から少し離れた、郊外の農地の先にその工場はあった。周りを囲む広いトウモロコシ畑は、闇夜に紛れて工場へ近付く彼らをうまく隠してくれる。


「いいか、念のために言っておく。もし情報が正しくてラギスを発見できた時は打ち合わせた通りだ。だが、もしも罠だった場合は、逃げろ。とにかく俺達に構わず逃げて、次のチャンスに備えるんだ。いいな」


 待機する部下にそう言い聞かせると、彼らは顔を見合わせて黙り込み、下を向いた。


「──ですが中尉。中尉達を置いては行けません。自分達は……」

「これは命令だ。いいな」


 金髪の通信兵が顔を上げおずおずと言いかけるのを、リシュアは厳しく叱咤した。


「──はい」

「大丈夫だ。ラギスは必ずここにいる。俺の報告を待っていてくれ」


 そう言って笑ってみせると、彼の部下達は大きく頷いて敬礼をした。


***

 

 リシュアは部隊の中でも特に腕の立つ兵を3人を引きつれて、かつて缶詰工場だった廃墟へと向かう。

 風は止み、空気はぬるく湿っている。腐りかけて穴だらけのフェンスには、蔦が絡んで緑の壁のようになっていた。リシュアはそのフェンスの穴から、中の様子を覗き見る。


 見張りの男たちは4人。建物のそれぞれ東西南北に一人ずつ配置され、椅子に座ってライフルを手にしている。深夜という事もあり、彼らの顔には疲れが張り付いている。今にもウトウトと居眠りをしそうな様子だ。リシュア達がここ暫く動きを見せなかったためだろうか。現場には気の緩みが漂って見えた。


「各自配置に着け」


 リシュアが無線で部下に指示をする。あらかじめ決めておいた場所へと兵が動く。リシュアも定位置に着くと、自分のライフルを構え、狙いを定めた。


「撃て」


 ライフルのサイレンサーから漏れる音も、畑でやかましく鳴いている虫の声にかき消された。4名の見張りは、ほぼ同時に音もなく崩れ落ちた。


 リシュア達4人はそれぞれ四方の出入口から侵入し、慎重に工場内を進んだ。ラギスの部下も少ないとはいえ、廊下やドアの前、階段などにそれぞれ警備の男たちが立っている。侵入に気付かれてラギスに逃げられては元も子もない。


 ただ、幸いなことに工場内は僅かな灯りしかなく、身を隠すには充分なほど暗い。恐らく彼らも軍に目を付けられる事を警戒しているのだろう。

 リシュアはそれぞれその暗い廊下を、気配を消して音もたてずに進み、敵に近付いていく。気付かれる前に襲い掛かる。口を押さえ声を封じて首を折り、またはナイフを喉に突き立てて着実に仕留めていった。

 

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