第3話 作戦
リシュアの片眉が上がる。
「我々が拠点に辿り着き、ラギスが居ると確認できれば、空から増援が来て一気に叩くそうです」
「──今更か。何故今までそれをしなかった!」
拳を膝に叩きつけ、リシュアは低い声で唸った。過去に何度も援軍を要請したというのに、と。
周りを囲んでいた兵達は、それには何も答えずに目を伏せる。一人何か言いたそうな兵が、リシュアの目にとまった。
「何だ。何かあるのか」
まだ若いその兵に、リシュアは荒々しい声をぶつける。兵士はびくりとした後、ふるふると頭を横に振った。その顔はやや蒼ざめている。
「いいから言ってみろ。上の奴らが何か言ったのか?」
今度は穏やかな声でたずねた。若い兵士は唇を噛み、ぼそりと吐き出すように言った。
「『君たちを買いかぶりすぎていた』……と」
思わずリシュアは立ち上がっていた。現地は過酷なものだった。兵の数、火力ともに圧倒的に敵が勝っている。それを知ってか知らずか、リシュア側に与えられる物資は限りなく少なかった。
今手元にある食料や武器のほとんどは、敵地に攻めこんだ際に奪って手に入れたものだ。
そんな中でも部隊は善戦し、ここまでラギスを追い詰めてきたのだ。それを「買いかぶっていた」の一言で済まされるとは。増援を待ちながら耐えて、命を落としていった部下たちの一人ひとりの顔が浮かぶ。
「なるほど分かった。いいだろう」
リシュアは静かに言って、ゆっくりと腰を下ろした。上層部には、元々期待などしていない。そもそも彼らには、リシュアを生還させようという気はないのだ。
あれだけの失態をやらかした彼だが、TV放送のおかげで英雄視されてしまった。それなら前線に出して名誉の死を遂げさせてやろう。それが軍の上層部の僅かな心遣いなのだ。
リシュア自身、前線に出たからには生きて帰れるとは思ってはいない。それ相応の覚悟をした上で志願したのだ。
だから、自分だけならまだいい。しかし結果的に命を散らせたのは、リシュア本人ではなく、家族が帰りを待っている上官や仲間たちだった。
「上層部は俺達を買いかぶったわけじゃない」
兵の一人一人の顔を見詰めながらリシュアは彼らに言い聞かせる。
「遅い援軍だが、これでようやくまともに戦える。皆でこの作戦を生き延びて奴の首をとる。そしてむしろ見くびっていたのだと、奴らに知らしめてやるんだ」
静かなざわめきが起きる。本来なら雄叫びを上げたいところだが、それをぐっと我慢して皆拳を握りしめた。
***
リシュア達は残り僅かなレーションと、狩りで仕留めた鹿の干し肉で食事をとった。そしてテントで横になり少し休むと、深夜の攻撃に備えた。ここ数週間は敢えて捜索は行わず、情報収集だけに徹した。彼らのその行動は一見捜索を諦めたかのように見えたか、若しくは見当違いの地点を狙っていると思われるだろう。それが敵の警戒をとく効果があれば、少しは彼らも報われるのだが。
「それじゃあ、3チームに分かれて突入する。ただし、先ずは俺のチームがラギスを探す。後の2チームは輸送機が援軍を乗せてきて、降下したら、だ」
リシュアが地図を指差しながら、慣れた様子で作戦を説明する。
「俺達は、ラギスを確認したら通信係に連絡する。そしたらすぐに、援軍の要請をするんだ」
金髪を刈り込んだ通信係の兵士が黙って頷く。緊張がうかがえた。
3チームのうち、リシュアのチームが工場に忍び込み、ラギスの居場所を突き止める。残りのチームが増援部隊に降下の合図を出し、同時に敵を囲い込んで退路を断つのだ。
敵も必要最低限の護衛はついているものの、目立ち過ぎては困る。工場にいるのはそう多くない人数だとリシュアは読んだ。
「主要な拠点と言われている遺跡と病院に大勢の兵が集まっているようだが、あちらはフェイクだろう。奴がいつも傍に置いているラナンという女がいないから、間違いない」
「缶詰工場の方には、ラナンの好物の果物が頻繁に運ばれているそうです。あの女が工場に居るのは間違いないでしょう」
怪しまれぬように、しかし細かい事も見落とさずに、念入りに情報を集めてきた。今日の決戦でケリをつけねばならない。そうリシュアは固く誓った。
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