第14話 螺旋の塔
翌日は少女と司祭が言った通り雪だった。警備室から塔を横切り、林を見回る。霜が降りて白く縁どられた枯れ葉を踏むと、サクサクと音を立てて砕けた。そこから庭園に戻ると、きれいに刈り込まれたトピアリーにも5㎝ほどの雪が積もっている。
「メイア。どうしたんだい?」
図書館の美人司書、メイアだ。フード付きの黒いロングコート姿で、古めかしい革の鞄を抱えて佇んでいた。
「ラムズ祭だから礼拝にね」
「でも君の家はジュルジール神教だろう?」
不思議そうに問うと、メイアは驚いたように目を見開いた。
「あら、覚えてたの?」
「まあね。インイッサ祭の飾りの代わりに、この寺院の大きな本を買っていたから」
その言葉に彼女はうなずく。
「礼拝は嘘。まさにその本の事で来たのよ」
鞄を開けると、件の本が出てきた。ずっしりと重い、革表紙の大きな本。ぱらぱらとめくるのを横目で見ると、塔の石積みの絵や見慣れない文字、さらには魔法陣のようなものまで載っている。
先日彼女が話していた「塔の秘密」がここに記されているのだろうか。
「実際に塔を見せて貰えるかしら。それと出来れば司祭様にもお会いしたいんだけど……」
おずおずと申し出るメイアに笑顔でうなずき、先程来た道を塔に向かって歩き出す。すると塔の方から誰かが歩いてきた。黒髪に茶色の瞳。ジリルだ。
ジリルははじめリシュアの方へ駆けて来ようとしたが、隣にいるメイアに気付いてその足が止まった。リシュア達が近づいて行くと、上目遣いにそちらを……というかメイアを睨みつけている。その眼差しは鋭く敵意に満ちていた。
「や、やあジリル。君が言った通り雪になったね」
緊迫した空気を和まそうと彼女に話しかける。しかし彼女はメイアから視線を逸らそうとしない。
「リシュアの知り合いなの? おばさん」
「お、おば……」
メイアは目を丸くする。まだ20代前半でおばさんはさすがに酷い。彼女が言葉を失っていると、責めるような視線をリシュアに向けて、ジリルは駆けて行った。後には気まずい空気と、心にダメージを負ったメイアが残された。
「……あの子、あなたのこと好きなのね」
やや立ち直ってきたメイアが苦笑いを浮かべて鞄を抱きかかえ直す。
「あの年頃は難しいね。君は美人だから嫉妬されたんだな」
しゅんとした彼女の肩をさすりながら、リシュアは後ろを振り返る。ジリルの姿はもう見えなかった。
「あの子から見れば私ももうおばさんなのね」
「いやいや、全然そんなことないって。君は若くてとても綺麗だよ」
そんな会話をしながら塔の扉を開ける。瞬間、中に入ったリシュアは違和感を感じた。
普段は薄暗い塔の中が、今日はふんわりと明るい。司祭が祈りを捧げるときだけ灯される蝋燭が、今ゆらゆらと塔の内部を照らしているのだ。
「おかしいな。いつもは真っ暗なのに。ジリルが司祭様を真似てお祈りでもしていたのかな」
リシュアは怪訝そうにしているが、メイアは柔らかい光に包まれた螺旋の塔にすっかり見入っている。
「……素敵な場所ね」
リシュアにはそう思えなかったが、メイアは魅せられたように塔の石積みに歩み寄りじっと見つめた。塔の内部がところどころきらきらと光を放っている。明るいところでよく見ると、灰色の石の間に黒い石で模様が組み込まれていた。光って見えたのはその黒い石だ。彼女は黒い艶のある石をそっと撫でた。
「ただの石じゃないみたい。何かこう……意志のようなものを感じるわ」
やや緊張した声。そして彼女はくらりとめまいを感じ、石を撫でた手を見つめてぎゅっと握りしめた。
リシュアも以前この石に触れた時、微かに痺れを感じた事を思い出した。
「ただの石じゃないなら一体何なんだい」
「それを調べたいの。司祭様にご協力頂けるといいんだけど」
リシュアは黙ってうなずき、メイアを伴って司祭のもとに向かった。
司祭は礼拝堂で独り膝を折って祈りを捧げていた。
元々決まった時間以外にもこうして熱心に祈る司祭であったが、内乱が起きてからは 時間さえあれば祭壇の前に居る。
二人の足音に気付き、立ち上がって振り向く。メイアの姿を見つけ、嬉しそうに微笑んだ。
「こんにちは。いつも本を有難うございます」
「いいえ、こちらこそ寺院内を見せて頂いて有難うございます」
二人揃って深々と頭を下げる様子はなんだか滑稽だ。リシュアは笑いを噛み殺した。
「少々お聞きしたいことがあって参りました。これはこの寺院の塔の石積みについて書かれた本です。私では解読できない言語の部分がありまして……司祭様ならご存じかと」
塔の石積みと聞いて、司祭の顔が僅かに曇る。しかしすぐにいつもの微笑を浮かべて頷いた。
「お役に立てるかどうかは分かりませんが、私でよければ」
そうしてメイアと共に控室へ姿を消した。
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