第13話 二人の時間
寺院に戻るとイアラが夕食の支度をしていた。野菜を煮込む良い匂いが漂ってくる。子供達も手伝って台所は賑やかだ。リシュアも何か手伝おうと腕まくりをすると
「ああ、大きい人は邪魔になるからいいわ」
とあっさりと断られてしまった。確かに狭いキッチンは満杯状態で、リシュアが入ると身動きが取れなくなりそうだ。
それならば、と庭師小屋に顔を出すと、ロタが鎌や剪定鋏などの手入れを行っていた。
「何か手伝おうか」
と声をかけるも
「素人に研がせると却って傷むからいいよ」
こちらでも邪魔者扱い。
戦場での経験上刃物の手入れや扱いは慣れているのだが、子供にする話でもないので素直に従い、ここも後にする。
礼拝堂に行くと、そこに司祭の姿は見当たらない。ただ祭壇の蝋燭が、辺りを明るく照らしているだけだった。リシュアは所在なくただ立ち尽くして、蝋燭の灯りをぼんやりと眺めていた。
「寒いわね。今日はまた雪が降るわよ」
その声にどきりとしてリシュアは振り向く。思った通り、例の少女……ジリルがうつむきがちに立っていた。
「そろそろそんな季節だよな」
リシュアは平静を装って返す。
「軍人さんは雪は好き? スキーはできる?」
「リシュア、でいいよ。スキーはできるけど上手くはないかな。君はどうなんだい?」
「得意よ。出身が北のほうだから。……リシュア」
他愛のない会話だが、ジリルの頬はまた赤く染まって目が泳いでいる。最後の「リシュア」の部分は口が渇いてしまったのか、声がかすれていた。何とも初々しい様子に、見ている方まで気恥ずかしくなるようだ。
ああ、自分にもこんな時期があったなあ。とリシュアは何となく他人事のようにジリルの姿を眺めていた。
すると。
「外は寒くなってきましたね。今夜あたりはまた雪になるかもしれません」
そう言いながら司祭が突然現れた。
リシュアの鼓動が早くなったのは驚いたからだけではなかった。目が泳ぎ、頬が染まる。
「そ、そうですね。雪のラムザ祭もいいものです」
ジリルの事を言っていられない。自分もまるで同じではないか。
「二人とも、ここは寒いですからダイニングに行きましょう。風邪をひいてしまいます」
司祭の言葉に頷いて二人は大人しく歩き出す。その時どこからか風が入って来たのか、祭壇の蝋燭の炎が大きく揺れた。
「うお、嵐にならなきゃいいですね」
しかし礼拝堂を出ると風は全く吹いておらず、薄い雲の隙間から青い月が顔をのぞかせている。
「嵐の心配はなさそうね」
ジリルはそっけなく呟くと、タタタと小走りにダイニングへと立ち去った。
これで邪魔者はいなくなった。ジリルには申し訳ないがリシュアは内心浮かれていた。
「手が冷たくはありませんか?」
そう囁いてそっと司祭の手を握る。実際のところ司祭は熱さにも冷たさにも耐性があるので心配は無用なのだが、今はそんなことは関係ない。ただ手を握る口実があれば良い。司祭もはにかみがちに微笑んで、そっと手を握り返してくる。
そのまま肩を抱き、触れるだけのキス。司祭の頬も赤く染まって、月明かりの下その姿は更に美しい。リシュアの胸は愛しさではちきれそうになる。
「抱きしめてもいいですか?」
司祭は黙って頷く。その細い肩を強く抱き寄せ、耳元で囁く。
「愛していますよ」
「ありがとうございます」
未だ同じ言葉が帰ってくることはない。しかし今はまだそれで良いのだ。クラウスの件を乗り越えて、今この瞬間を分かち合えていることが幸せなのだとリシュアは思った。
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