第10話 皇家の宝剣
「天女狩り? なんだか物騒だな」
「天女狩りは歴史のあらゆるところで秘密裏に行なわれているわ。……今でもね。まあ、それは後で話すけど。とにかく、残った天女を廻って人々は争いを繰り返したわ。天女を捕らえてその力を使い、大きな権力や財力を得るためよ。でも、純粋に神の教えを信じて天女を神に還し自らの力だけで正しく生きようとする人々もいた。それがイリーシャよ」
リシュアの手が止まった。
「イリーシャが……本来の教えだと? 俺が聞いたのはもっと……」
見返したリシュアに頷いてメイアは水の入ったグラスを手渡した。水を口に含むとほんのりとレモンの香りがして、僅かに炭酸の泡が口の中ではじけた。
「はじめはそうだったの。でも時代を経ていくうちに名前だけが一人歩きをして中身は全然別のものになっているわ。それが今影で暗躍しているイリーシャよ。天女を神に還すという大義名分はそのままだけれど、実際はテロリストと変わらないことをしているわ」
リシュアはふと思った。そういえばあのパーティー会場のホテルでの銃撃戦の犯人も、過激な思想のテロリストだとオクトは言っていた。オクトの仕事がイリーシャを追う事だとしたら、彼らもまたイリーシャの一員だったということなのだろうか。
「なあ、もしかしてそいつらはゲリュー皇家の宝剣を……」
「ええ。宝剣のインファルナス。あれで天女の命を奪えば天女はこの地からの呪縛を解き放たれ魂が神の元へと還ると信じ込んでいるみたい。だからインファルナスはおそらく今もどこかに厳重に保管されているはずよ。おそらくはカトラシャ寺院だと思うけれど」
それを聞いてようやくリシュアはあのホテルの2人組の言っていた「お宝」というものがやはり宝剣のことだと納得が行った。そして、おそらくは寺院に潜伏して宝剣を盗み出そうとしていた目に見えない男、アリデア・イデスも彼らの一員だろう。
今まで点のようだった事件が繋がってきて、何か悪意のある陰謀が寺院や宝剣に関わってきているように強く感じられた。
そうなると少なくともインファルナスが今は軍の厳重な管理下にあることは結果的には良かったのだとリシュアには思えた。
「天女の血を継ぐ者は生まれつき何か特殊な力を持っていると言われているわ。占い師や呪術師で名声を得られる人もあれば社会に馴染むこともできずに伝説の魔物のように言い伝えられる人たちもあった。犯罪に身を落とす人もね。今の科学では先天性の奇病としか言えないようだけれど、実際は過去に先祖が天女と交わることによって得た力の名残なんだと思う。研究者達はそういう力を持つ人たちを「天女のかけら」と呼んでいるわ。ひどく不完全で不安定な肉体と精神を持っているの」
いつしかリシュアの手は止まり、話に聞き入っていた。メイアの口から聞かされる話は突飛過ぎるまさに伝承、伝説の域を出ないものだ。しかし実際自分自身がアリデアのような不思議な力を持つ人物の存在を目の当たりにしている。これは多少なりとも信じないわけにはいかないのだろう。
「ということは将来的にはその「天女のかけら」とやらが、何故そんな力を持ち得るのかが科学的に突き止められる日が来るかも知れないってことか」
その言葉にメイアは微笑んで頷いた。
「そうね。そうなれば素晴らしい発見になるわね。私もその瞬間に立ち会ってみたいわ」
そしてしばらくじっと皿の上を見つめて何か考えたあと、また視線をリシュアに移して再び話を戻した。
「現在のイリーシャはそういう「天女のかけら」を崇めながら、神に還すという教えを信じて次々に殺してもいるの。これが今行なわれている天女狩りよ。過去に行なわれたものとは全く意味合いが違ってきているわ」
聞きながらリシュアは少し不思議な感覚を覚えていた。
「君は確かに優秀な司書だが、何故そこまで詳しいんだい? 中には軍でも極秘扱いとされている情報もあるのに……」
リシュアの質問にメイアはちょっと困ったような顔をした。
「……そうね。本当は立ち入ってはいけないところまで首を突っ込んじゃってるわ。でも、なんていうのかしら。研究者ってね、気になりだすと止まらないのよ。命がけでも知りたいっていう衝動には勝てないの」
苦笑を浮かべるメイアの髪に何気なく触れてリシュアはその顔を覗き込んだ。
「それは分かる気がするが……無茶はしないでくれよ。なにか危険を感じたら相談してくれ」
メイアは嬉しそうに微笑んで頷くと、一際明るい声を出した。
「さ、折角のお料理が冷めちゃうわ。早く食べちゃいましょ」
リシュアは笑顔で頷くと、メモを取っていた手帳を置いて夕食に専念することにした。
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