第113話 レベッカ―1

「おい、貴様等」


 王都の北側に位置する人気ひとけがない貴族街。

 その傍までやって来た時、突然、後ろから声をかけられた。

 ……嫌な予感。

 無視して進もうとすると、あ、ち、ちょっと、タチアナ!


「はい? 私達ですか?」 

「そうだ! ……ふむ。やはりな。貴様等、冒険者だろう。喜べ! この私――栄えある王国貴族が一角、ラングラン男爵家が次男、レイモン・ラングランがもらってやろう!!」

「? うーんと……レベッカさん?」

「はぁ……だから、無視したかったのに。ほら、行くわよ」

「はーい」


 まったく。時間を喰ったわ。

 えーっと……確か、この道をまっすぐ。


「ま、待てっ! 貴様等、私を無視するなっ!!」


 あーうるさい。

 振り返り、ぎゃーぎゃーわめいている、馬鹿貴族の次男坊を睨みつける。

 周囲には気持ち悪い視線を向けてくる数名の男共。典型的ね。


「……うるさい。黙れ。とっとと視界から消えて」

「な、な、なぁぁぁ!? 貴様、名を名乗れ!!!」 

「……聞かない方がいいと思うわよ」

「何だとぉ? こ、この冒険者風情がっ」


「んーと? レベッカさん、この人達やっちゃっていいんですか?」 


 にこにこ顔でタチアナが尋ねてきた。

 ……この子、伊達に荒くれ者が揃う迷宮都市で、第一線を張ってないのよね。

 綺麗な顔して案外とすぐ剣で解決しようとするんだから。

 あいつの前だと大人しいのに。

 溜め息をつきつつ、首を振る。


「駄目よ。面倒事はごめん。とっとと終えて帰りたいの、私は」

「うふふ、ハルさんが戻られるかもですしね。大丈夫ですよ。きっと、此方で会えますから!」 

「だから、その自信は何なの? 妙に自信満々だし」


 肩を竦めつつ、タチアナを促す。

 まぁでも会えたら嬉しいけど。

 ――魔力の高まり。

 稚拙な雷魔法が私達に向け放たれ、届く前に『盾』に弾かれた。

 ゆっくりと振り返る。


「…………ねぇ? 今、何かした?」

「う、うるさいっ! この私を――貴族であるこの私を、無視することは大罪だっ! 大人しくしろっ!! でなければ、おいっ!」 


 周囲の男達が短剣や剣を引き抜き、魔法を紡ぎ始める。

 ……はぁ。

 相変わらず、どうしようもない所ね。

 若干の疲労を覚えつつ、剣の柄に手をかけ――轟音と共に男達の半数が吹き飛んだ。

 状況に追いついていない残りの男達が泡を喰い、慌てて魔法を発動。

 炎・雷・風……全て稚拙な初級魔法だ。

 そんな代物でタチアナの『見えざる者の盾』は到底抜けない。次々と着弾するも、全て消失。

 男達の顔から血の気が引いていく。

 隣でくすくす、笑いながら美女が小首を傾げる。


「あら? もう、終わりですか? レベッカさん、王国の法律では強姦未遂だと?」

「……手を出した相手によるけど、厳罰よ。最悪死刑か、僻地で強制労働ね」

「だ、そうですよ? どうされますか? まだ、無駄な抵抗をされますか?」 

「き、貴様、貴様等ぁぁぁ……こ、この私を誰だと」

「――男爵家のドラ息子と、である私達。王国はどちらを大事にするのかは自明だと思うけど?」

「………………な、に?」

「あー先程の話ですか。因みにどういう扱いなんですか?」

「位だけなら、公爵家直系より上よ。王族相手にも頭を下げないでいい」

「便利ですね。別に頭を下げるのは、うちの団長さん案件で慣れてますけど、ベッドに連れ込まれるのはハルさんだけと誓ってますし♪ レベッカさんもですよね?」

「タ、タチアナ、往来で話す内容じゃないでしょっ!? …………まぁその」

「その?」

「……意地悪」

「うふふ♪ レベッカさんはほんとに可愛らしいですね」


 ……この子といると調子が狂う。

 額に手を置きつつ、逃げ出そうとしている男達の四方へ雷魔法を発動。

 地面を射抜き、道路が崩れる。


『!!?』

「誰が動いていい、と言ったのかしら? 私はね、あんたみたい屑に温情を与える程、人間出来てないのよ」

「お、お前は、お前は……誰なんだっ!?」

「これから先、二度と会わないだろう人間に名乗る必要が私にあると思う? もう、いいから――黙れ」


 紫電が走り、男達を貫く。

 反応すら出来ず、バタバタと倒れた。……情けない。

 王国が依然として貴族制に固執しているのは、伝統に囚われているのものあるけれど、血筋による武力保持重視も大きい。

 故に、貴族達はいざ戦争になった場合、真っ先に戦地へと送り込まれる。少なくとも、そういう決まりになっている。

 にも関わらず、この程度の魔法すら受けれないなんて。

 どうやら、私がいた頃より更に腐敗は進んでいるらしい。気が重くなってくる。

 ――魔法の音を聞きつけたのだろう、王国軍の兵士達が集まってきた。

 兵は私達へ槍を向けようとし、隊長らしき青年に止められる。


「待て。失礼、お嬢さん方。この者達は?」 

「あーえっと……」

「白昼堂々、襲われそうになったので。申し遅れました――私、『不倒』のタチアナと申します。こちらは『雷姫』レベッカ。どちらも特階位です」

『!』

「ち、ちょっと、タチアナ!」

「使えるものは使いましょう。隊長さん、私達、先を急いでいるんです。もうよろしいですか?」

「は、はっ! よ、呼び止めてしまい、申し訳ありませんでしたっ! 敬礼!」


 隊長と兵士達が一斉に敬礼してくる。こういうの苦手なのよね。

 ジト目で隣の美女を見る。

 ……駄目だ。この子、こういう事も得手。

 清濁併せ呑む、か。あいつに少しだけ――今のなし。うん。ぜっんぜん似てないし。大きく首を振る。



「レベッカさん? どうかされました??」 

「ほ、ほらっ! 行くわよっ。もうすぐそこだからっ!」 

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