親友

「で、この状況だと?」

「はい……声はおかけしたのですが、返事もなく既に2日が経ちました。部屋の中から異音も続いていて、皆怯えています。ファン隊長のお力添えを……」


 王都の一等地にある『盟約の桜花』クランホーム。その総隊長室の前で、サクラが直率している1番隊の副官は頭を下げてきた。深刻そうな表情。

 任務から帰還し、装備を解いていたところを連れて来られたと思ったら……何をやっているのか。

 部下を不安にさせるなぞ、総隊長失格の所業。

 が、気持ちも理解出来る。

 原因はロスとサシャが残していったという手紙であろう。

 まさか、師からの正式依頼がだったとは……不覚。

 まぁよい。取りあえずは引きずり出さねば。

 部屋の前に立つ。中からは金属をこするような音。

 ……とびきりの嫌な予感。


「お前は此処で待て。理解はしているだろうが、油断はするな」

「はっ!」


 緊張していたのだろう、柔らかそうな耳を、ピン、と立てている副官――犬族だったか――に声をかけ、中へ。

 

 瞬時に後悔。脱出を試みるも、扉は閉まり数十の封呪が展開。

 

 な、なんと、えげつない。剣士が展開する魔法ではないぞ!?

 これを見たらうちにいる魔法士の大半は、『引退します』と言い出すだろう。解呪は勿論不可能。愛槍を置いてきてしまったのが痛い。

 顔を歪ませていると、後ろから感情が無い声。


「――あら? ファンじゃない」

「お、おお。サ、サクラ。無事で何より」

「無事? ええ、そうね。無駄に数が多くて、硬くて、帰って来るのが2日も遅れたわ……ふふ、ふふふ……その間に、あの裏切り者達は、出かけたんだけど、ね」

「あー待て待て。お前もサシャから確認を受けたのだろう? 一概に二人の責とは言え――」


 耳を掠め超高速で短刀が通過。分厚く上級魔法の直撃にも耐える筈の扉をバターのように貫通。外からは悲鳴。

 ……反応出来なかった。


「ファン」

「は、はいっ!」

「貴方は私の味方? それとも……」

「も、勿論、味方だが……お、落ち着け。何をしていたのだ?」

「ああ、これ? 綺麗でしょ? じっくりと、丹念に、魔力を込めて砥いだから――あの裏切り者達の障壁だって、貫通出来る筈よ」


 い、いかん。短刀を見る目が本気で据わっておる。帰って来た瞬間に殺りかねん!

 かくなる上は先程、来る途中に渡されたこれに賭けるしか……。

 頼む、頼むぞ、ロス――サシャはともかく、お前ならば自分が置かれている状況を理解している筈。火に油は注いでくれるなよ。 


「サ、サクラよ」

「何かしら? ファンも砥ぎたいの? いいわよ、短刀はいっぱい」

「聞け――迷宮都市から映像宝珠が」


 一瞬で、距離を詰められ首元を締め上げられる。

 毎度毎回、思うのだが……この細い腕の何処にこんな、力、が……。


「……あいつ等はなんて? 状況はどうなってるの?」

「ごふっ、ま、まだ、確認しておらん。こ、これだ」

「そ」


 手を放し、宝珠を受け取ったサクラが魔力を込める。

 すると――明るい声が聞こえてきた。

 ……ま、マズい。


『もしもしぃ~聞こえてますかぁ~。こちら、現在、せんせぃの正・式・依・頼☆で迷宮都市にいるぅ、サシャですぅ』


 ミシリ、宝珠から早くも悲鳴。

 サクラの顔は――まともに視れない。怖い。

 ようやく映像が浮かび上がり、出て来たのは


『サシャ、煽らないでください。サクラが怒りますよ?』

『えぇ~話を最後まで聞かなかったのがぁ、悪いと思いますぅ~。あ、これ気になりますかぁ? 気になりますよねぇ? なんとぉ、これはぁ、せんせぃお手製の、まどれーぬですぅ~。あ~美味しいですぅ~』


「……ねぇ、ファン」

「あ、ああ」

「あの子、殺っていいわよね?」


 サクラが微笑を浮かべながら尋ねてくる。その目には狂気。長い黒髪と相まって、恐怖が倍増。

 『駄目だ』→激怒状態のサクラと徒手でやりあえと? 悪くて死。良くて瞬殺の運命しか見えぬ。

 『うむ』→仲間を犠牲にするなど、師へどう説明を……。

  

 な、何という逆境! そして窮地!! 絶体絶命である!!!


 懊悩していると――懐かしき、この局面においては救世主の声が。

 おお、神よ……!


『ふふ、サシャ、サクラをからかっては駄目だよ? あの子は寂しがり屋なんだから。サクラ、ファン、久しぶり』

「「!」」


 サクラのどす黒い殺意があっという間に消失。食い入るように映像を見つめている。こうしてみれば、恐ろしく美人なのだが。


『今回は、僕の都合でロス達に手を貸してもらったんだ。怒らないでおくれ。近々、が出来たから埋め合わせはするよ。詳細は――ハナ』

『私が説明するの? ……久しぶり。どうせ、拗ねてるんでしょ? いい加減、お師匠離れしないと恥ずかしいわよ?』

「な、なぁ!? あ、あんたにだけは言われたくないわっ!!」

『はいはい。事前に『会合』を開催するから、細かい話は帝都で。お師匠はまだ来ないからね』

「わ、分かってるわよっ!」

『あら? そ。まぁいいわ――会えるのを楽しみにしてる』

「ふ、ふん。ま、まぁ――行ってやってもいいわ」


 当たり前だが、映像宝珠は通信宝珠ではない。つまり、今二人は会話をしていたわけではないのだが、この流れである。

 相変わらず仲が良いことだ。

 意地を張らずに一言『また、一緒に』と――待て待て、この距離での投擲は洒落にならんからな。



 その後、師から再度、こちらを労わる言葉をかけられ、涙ぐみそうになったのは秘密である。勿論、サクラは号泣――待て、本気で待て。恥ずかしいからといって『鴻鵠』を抜くな。流石に死ぬっ!!

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