第50話 始まりを告げる者 中
凄まじい魔力反応を背に感じた瞬間、私は『盾』を全力展開して後方へ跳躍。刹那――『地獄の猛犬』が天から降り注ぐ閃光に飲み込まれるのが見えた。
遅れて雷鳴。土煙が立ち上り、視界を閉ざす。
負傷は無し。気付けば『盾』の内側にも分厚い魔法障壁。
この温かい感じ、ハルさんの防御魔法だ。おそらく、全員に展開されている。なら、みんな間違いなく無事だろう。
「こ、この暴走娘っ! 『天雷』を全力展開するとか……当たったらどうするのよっ!!」
ハナの叫び声が聞こえる。
……暴走娘? 誰だろう?
取りあえずハルさんの傍へ。
「はぁ? ここにはハルがいる。私の魔法なんか、どうにかしてくれるに決まってるじゃない」
「あ、あんたねぇぇ……お師匠っ! どういう教育してるのっ!!」
「ハナ、落ち着いて。レベッカも、そうやってからかわない。今、ちょっとエルミアに似ていたよ?」
「……それは嫌」
「なら、少し自重するように。――タチアナ、大丈夫かい?」
「あ、は、はいっ! 大丈夫です。魔法、ありがとうございました」
「ふふ、君には不用だったかな」
「そんな事ありませんっ!」
もうっ! 時折、こうやって意地悪を言われるんだからっ。
ハルさんの前で言い争っていたのは二人。
一人は我が団長であるハナ。
もう一人は――白金の髪が印象的な美少女。歳は私よりも下だろうか?
そして、二人を見るハルさんの視線はとても温かい。心が軋む。
茫然としている私の耳が捉えたのは複数の足音。
「重大違反ですぅっ! あれ程、抜け駆け禁止って言ってたのにぃ!!」
「レベッカ、今回はちょっと酷い」
「いきなり、特級魔法の管制、しかも遠距離でとか無理難題を……サクラより、人使いが荒いとは……う、頭が……」
「ロ、ロス、大丈夫ですか!?」
やって来たのは四人。
二人は顔見知りだ。
銀髪の幼女は『氷獄』のリル。ハナと並ぶ大陸級の魔法士。
苦労が顔に滲み出ている青年を介抱しているのは、帝都へ行った筈のタバサ。どうしてここに?
残りの二人は
「おやおや。たくさん来てくれたんだね。ロス、引率ご苦労様。大変だったろう。他人の『天雷』を管制するなんて、腕を上げたね」
「せ、先生っ! あ、ありがとうございます」
「サシャ、リルも久しぶり。どうやら、外の敵は片付けてくれたみたいだね」
「えへへ~もっと褒めてほしいですぅ」
「当然。だけど、撫でてくれてもいい」
ロス? サシャ?
もしかして、『盟約の桜花』の!?
以前、サクラさん達に会った時は、自由都市同盟へ遠征に行かれていてお会い出来なかったのだ。二人共、当然高位冒険者。
しかも、外の敵を倒したって……正門を閉じるまでの間に、抜けた魔物の数は数千に達していた。確かに強くはないだろうけど、都市全体へ広がったのを、この短時間で?
「さて、タバサ、言い訳を聴こうか」
「ま、待ってください。私に選択権はありませんでした。き、気付いたら、もう飛空艇の上だったんです!」
「……レベッカ?」
「あら? 私は誰かさんと違って約束を破っていないわ。『ローマンとタバサを全てから守っておくれ』だったわよね? ほら、守ってるじゃない。ローマンはメル達が守ってるわ。勿論、帝都でね。誰かさんの言いつけ通りに」
「やっぱり、エルミアに似てきたね。仲良しだからかな?」
「……そんな事ないわよ。もうっ!」
「ふふ、まぁいいさ。タバサ、例の物は?」
「あ、はいっ!」
「ありがとう」
そう言うと、タバサは鞄の中から小箱を取り出し、ハルさんへ手渡した。
小箱を懐に入れ、右手を軽く振ると突風。土煙が払われる。
周囲には冒険者達。
皆、無事ね。だけど『双襲』と『戦斧』は何時になく険しい顔。
「さて、終幕かな?」
ハルさんの穏やかな声。
『大迷宮』前にいたのは、真ん中の首を喪った『地獄の猛犬』と、身体中から緑色の血が噴き出している『悪魔』。明らかに弱っている。
『悪食』――私が2年前に辺境都市近辺で倒した特異種だ――も一頭だけ生き残っているが、半身は黒焦げになっている。
そして
「レベッカァァァァァァァァ!!!!!」
持っていた片手斧ごと右腕を喪ったらしい巨躯の男から凄まじい叫び声。彼女を知っている? 見ると小首を傾げていた。
唯一、戦闘力を保持していそうなのは白髪の男。
『双襲』が先程から睨みつけている。
フードを飛ばされ素顔を晒した男――少女と同じく、途中まで黒髪だが、そこから先は様々な色が混じっている。こうして見ると酷く似ている――が静かに語り出した。
「……『灰塵』『雷姫』『氷獄』『不倒』。大陸にその名を知られる特階位が4人。他の連中も、高階位冒険者かつ戦闘力を保持。何より――貴様の存在。確かに、勝ち目は薄いな」
「お前っ、何を言って!」
「事実だ、このままでは確実に全滅する。逃走すら出来まい」
「冷静だね。投降を推奨するけれど」
それを聞いた途端だった。
今まで淡々と話していた男の顔が見る見るうちに赤くなり、激昂。
「大馬鹿め。断じて、断じてっ! 貴様になぞ、投降などするものかっ! 我が母を見捨て、我が父を裏切った貴様に、我等の大望を邪魔などさせん!!! 我等は世界に思い出させなければならんのだっ! あの『大崩壊』の真実をっ! 貴様等が『大罪人』と呼んでいる『大英雄』の真実をっ!! その為ならば……この世界なぞ滅ぼしてみせるっ!!!!」
何を?
男は少女から小瓶を奪い取り――黒い宝石をそこへ入れた。
すると、今まで経験した事がない程の魔力が小瓶の中に蠢き――それは突然私達の前に現れた。
大広場の中央に立っていたのは、少女? 少年? 黒い鎧を纏った騎士。
見た瞬間、背中に特大の寒気と恐怖。こ、こいつはヤバイ。
剣を握り締め、自分を奮い立たせる。
大丈夫、だってこっちにはハルさんがいるんだから。
何も心配しなくてもいい――ちらりと顔を見て息をのんだ。ハナ達も絶句。
あの何時も優しく微笑まれているハルさんが……悲しそうに、そして寂しそうに顔を歪ませていた。目には薄らと光るもの。え?
「……そうか、それが君の、君達の答えなのか。残念だ。とても残念だ。ハナ、リル、レベッカ」
「「「は、はい」」」
「手加減抜きでいい。最大火力を。せめてもの手向けだ」
「……う、うん」
「……了解」
「……分かったわ」
「ロス、サシャ、タチアナ、皆を」
「「「は、はい」」」
「カール君、ブルーノ、他の人を下がらせておくれ」
「お、おう」
「…………」
「ありがとう。ああ、レベッカ」
「何?」
「この子を頼むよ」
そう言うと、ハルさんはレベッカさんに『レーベ』を渡し、前へ。
何時の間にかその手には――美しい、余りにも美しい刀。
鞘から抜き放つと虹彩が溢れ、周囲には光。
「あいつが君達に何を伝えたのかは知らない。けれど――言葉を返そう。君達が幾度この世界を滅ぼそうとしても、必ず止めてみせる、と」
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