第51話 始まりを告げる者 下
ハルは自分が持っていた杖――私が名付けた『レーベ』を渡し、大広場の中心へと静かに歩いてゆく。
さっきは思わず頷いてしまったけど……私も一緒に!
「ママ、駄目」
駆けだそうとした私の手を掴んだのは白い服を着た少女。そして、今まで持っていた筈の杖が消えている。え?
それと……えっと……ママ??
混乱する私に対して『灰塵』の不機嫌そうな声。
「そこの暴走娘、不本意だけど合わせるわよ。とっとと準備しなさい。ロス、サシャ、あんた達もよ。管制は任せるから。タチアナ、防御はよろしくね」
「なっ! そんな無茶苦茶な……」
「お、お家に帰りたいですぅ。それに一緒に戦った方がいいと思いますぅ」
「私はハルと一緒に戦うわ」
「ハナ、私も」
「あんた達、お師匠の言いつけがきけない……ああ、この中で、お師匠があれを抜くのを見た事があるのは、私とリルだけだからかしら」
「レベッカ、タチアナ、ロス、サシャ――貴女達は強い。だけど、あれを、『月虹』を抜いた時点で私達に出来ることはない。大陸にいる前衛で、先生と肩を並べて戦えるのは極僅か。最低でも、サクラやファン位に達してないと足手まとい。あの二人でも、正直荷が重い」
「「「「!?」」」」
何を、何を言っているのだろう?
確かに2年前の私は弱かった。
けど……私は強くなった。強くなった筈だ。
黒龍を倒し、特階位にもなり、『雷姫』なんていう異名まで貰った。
その私でも、ハルと一緒に戦えない? そんなのっ!!
走り出そうとする私の手を小さな手が再度掴む。
「駄目」
「!」
唐突に理解する――ああ、この子は。
見ると、不安そうにこちらを見ている。そうね、私が不安にさせちゃ駄目ね。
頭を優しく撫で、前方を見据える。
「分かったわ。遅れるんじゃないわよ?」
「はっ! 誰が!」
「百年早い」
『灰塵』とリルもまた前方を睨みつけている。この子達も悔しいのだ。一緒に戦えない事が。
剣を構え、魔力を集中させる。ハルは『最大火力』と言った。
なら……放つ魔法なんて決まっている!
「――『天を統べし者よ』」
「――『我は問う』」
「――『開け冥界の門』」
※※※
大広場に相対する先生と謎の黒騎士。
束の間の静寂――次に感じたのは激しい音と、衝撃。そして、先生の刀と黒騎士が抜き放った騎士剣、その双方から放たれている強烈な『光』。
超高速過ぎてとても目で追えません。
これでも、僕とて第1階位。『ロスこそ『盟約の桜花』最高の後衛』などと、呼ばれたりしているのですが……光の筋が繋がり、まるで舞踏を踊っているようです。 不謹慎ですが、酷く美しい。
そうこうしている内に、剣撃の余波が城壁を直撃、下から上までを都市結界を紙のように切り裂き、両断。一部で崩落が始まりました。
「はっ?」
思わず、気の抜けた声が出てしまいます。
い、いや、先生が規格外な存在なのは知っているつもりです。
……ですが、幾ら何でもここまでとは。
あの刀はいったい?
僕が考えこんでいると、頭に衝撃。
「ロス、仕事をしないと駄目ですぅ」
「サシャ、もう少し優しくしてくれてもいいんですよ?」
「冗談がキツイですぅ。幾ら私でもぉ、戦略超級魔法三属性同時管制+限定発動なんてしたことないですぅ。手伝ってくれないとぉ……迷宮都市全体が吹き飛びますよ?」
……サシャが口癖をなくす程に余裕がないとは。
すぐに僕も加わり、魔法管制を手伝い始めます。
「『其は剣。其は槍。其は斧。其は全てを貫きし物』」
「『我、鉄火の炎なり。戦火の炎なり。血に塗れし炎なり』」
「『嘆きの川よ、その冷たき水の一滴を、彼の者へ』」
僕等が焦る中、三人の詠唱は続いて行きます。
何という難易度!
超級魔法一つの限定発動ですら、神業を超える神業だというのに、今回は三つを管制しなくてはならないなんて……。
昔、『天魔士』が言っていました。
『お師匠に追いつきたいのなら、七属性位は同時管制出来ないと駄目だよ~』
……幾ら何でも冗談でしょう。
目の前では、先生と黒騎士が変わらず、切り結んでいます。
周囲の城壁で無傷なのは僕達の後ろだけ。美貌の女騎士が守ってくれていますが、かなり辛そうです。
そんな中、双方が持つ刀と剣からはますます光が溢れ、周囲を照らしています。
まるで――幼い頃に読んだ御伽噺の『勇者』達が持っていた光の剣であるかのように。
そういえば……あの勇者達は魔神を倒した後、どうしたんでしょうか?
確か、絵本では邪悪な魔神を倒して、そして――
「ロス! 集中してください!! 洒落になりませんっ!!!」
サシャの切迫した声。
慌てて作業に戻ります。
あれ? いきなり、一気に構築が進んでいく? な、何故?
唖然とする僕とサシャを見て笑ったのは白服を着た少女。
そして
「相変わらず強いね。だけど」
先生が刀を鞘に仕舞われ、前傾姿勢。あれは確か居合の構えだった筈。
姿が消え、一瞬で黒騎士の後方へ。
納刀の音が響いた時には騎士剣が半ばから折れ、宙を舞っていました。
「所詮は『影』だ。しかも、十三片の一つが記憶している彼女に過ぎない。そんなのに負ける程、零落れちゃいない。ハナ、いいよ」
先生が何時もの声で告げます。
同時に詠唱が終わり――
「『雷轟』」
「『灰塵』」
「『氷獄』」
三属性の超級魔法が同時発動。凄まじいまでの轟音と衝撃。
サシャと必死に管制をし、展開を抑え込みます。失敗すれば、僕等も巻き込まれてしまうでしょう。
だけど、思っていた程ではありません。これなら、十分いけます。
「お見事! よく頑張ったね」
気付いた時には魔法の発動が終わり、後方からは先生の声。
思わず、その場にへたり込みます。見れば、立っているのは、先生とハナ達、そして白服の少女だけ。サシャも珍しく疲れた表情です。
そんな中、白服の少女が先生の足に抱き着き、頭をこすりつけています。
前方の光景は――控えめに言って地獄でした。
灰色の炎、紫電、そして悉くが凍っています。
龍だろうと、悪魔だろうと、生物ならばこの魔法を受けて生きてはいられないでしょう。当然、あの得体の知れない黒外套達も。
が――それは、黒騎士は立っていました。耐えた、のですか!?
兜が崩れ、出て来た顔は……まだ幼さを残した少女?
僕等が驚愕している中、先生が前に出られます。
「もういい。もういいんだ。もう、頑張らなくていいんだよ、アキ。もう君の――僕達の時代はずっと昔に終わっているんだから」
それを聞いた少女は、口元を歪め。唇を動かし――灰となって崩れ落ちました。
え、どういう意味でしょうか?
今のは――っ!?
皆も絶句しています。
あの、先生が――何時いかなる時でも、僕等を導いてくれたあの人が、途方にくれた表情を浮かべ、涙を流されているなんて……。
「『――これが始まり』だって? もうとっくの昔に全部終わっているんだよ? それなのに、それでもなお君は、君達は……この世界を、僕を許してはくれないんだね」
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