第36話 ソニヤ
迷宮都市名物の一つに、『大迷宮』を囲む城壁屋上に設けられた訓練場がある。
当初は地下にあったらしいが『より広い場所を』という冒険者達の要望に応えた結果、屋上の一区画を丸々専有し、空中にまで張り出す今の形になったらしい。
高階位の者も訓練可能にする為、わざわざ都市防御用の戦略結界魔法を組み込み、正直に言って設計した人間の神経を疑う位に頑丈な造りとなっている。
今、私達はそこで得体の知れぬ男――魔法士風の恰好をしながら、訓練用に刃引きした片手剣をだらりと下げている――と相対していた。
副長がギルド職員に呼ばれた隙に、首尾よくここまで引っ張ってきたのだ。
いきなり思い詰めた様子の『双襲』と相変わらず自信過剰な様子が鼻に着く『光刃』まで来るとは思わなかったけど……別に構わない。大事なのは、この男を確かめる事。
『ソニヤ、だ、駄目! ヴィヴィもっ! こ、こんな所で戦ったりしたら――』
マーサはそう言って反対していたけど、優し過ぎるわ。
『団長の師』と名乗ってるけど、大方、『幼い頃の』とかがついているだけよ。 そんな男をうちの大事な団長と副長の傍に置いてはおけないっ!
始まる前は本気で思っていた。素直に言う。甘かった。甘過ぎた。
既にそれぞれの様子見も終わったけど……な、何なのよっ! こ、この男はっ!?
初矢は確かに手加減した。使っている弓も訓練用の物。
が、それでも簡単に防げる一撃じゃなかった。私が魔力を込めた矢をああも容易く剣で叩き落すなんて……。
隣で荒く息をしているのはヴィヴィ。
この子と男が交わした短い攻防は、速過ぎてほとんど見えなかったけれど、その険しい顔を見れば一目瞭然。考えていることもほぼ一緒だろう。
まだ余裕がありそうな二人、『双襲』と『光刃』も、さっきまで漂わせていた遊びの雰囲気は雲散霧消している。
周囲に集まってきている野次馬達の空気が当初の遊び半分から、ざわついたものへと変化、迷宮都市のトップに君臨している冒険者と互角?
そんな私達に対して、終始笑顔を浮かべていた男は、納得がいかないのか、小首を傾げ、告げた。
「迷宮都市でも君達は上位の冒険者じゃないのかな? なら、実力はこんなものじゃないよね? 遠慮せず、何時もの装備を使って、全力を出して四人同時にかかっておいで」
露骨な挑発を受け、荒く息を吐いていた私とヴィヴィ、『双襲』と『光刃』からも殺気。
上等っ!
そこまで舐められて、黙って済ます程、大人じゃない。
傍らのヴィヴィをちらりと見る。頷き、承諾。
訓練用の弓を投げ捨て、愛弓をアイテム袋から取り出し構える。
他の三人も同様。当然の如く、魔法剣、魔法槍を展開。
「……言っときますけど、手加減しませんからっ!」
「そうしておくれ。僕を納得させてくれたら、面白いモノを見せてあげよう」
「馬鹿にしてっ! これを見てもまだそんな事を言えますかねっ!」
魔力で矢を形成し空中に向かって解き放つ。
属性は私が最も得意とする風。出し惜しみはしない。今、私が出来る全力を見せてあげるっ!
放った矢は最初一本。だがすぐに二本、四本、八本、十六本まで増加し、包囲するかのように布陣。
「ほぉ未完成とはいえこれを使う子を久方ぶりに見たよ。『千射』だね」
「言った筈です。私は超える、と! 100年近くも動いてない世界最高の射手の座、必ずもらいます」
「さて、それはどうだろう?」
その言葉が聞こえた直後、ヴィヴィが体勢を低くして突進。
槍先が蒼く発光。風と氷の複合属性の全力貫通攻撃である『烈槍』の構え。
まだ未完成らしいけど威力は凄まじい。
私も十六本の矢を、操り一斉攻撃。
『双襲』と『光刃』はまだ動いていないけど、別に構わない。私達だけで十分よ!
私とヴィヴィが迷宮都市に来たのは2年前。それ以来の仲だから、連携に不安はまったくない。
トップクランである『薔薇の庭園』に入ったのは3ヶ月前だけど……団長も副長も、先輩達もみんな本当にいい人達で、その技量にも敬意を持っている。
唯一納得出来ないのは目の前にいる男のこと。
……確かに強い。おそらくは今の私やヴィヴィよりも。
だけど! 団長や副長みたいな圧倒的な差は感じないっ!! そんな人が、あの二人より上にいるなんて、私は、私達は認めないっ!!!
矢による全方位攻撃と、ヴィヴィの全力攻撃。防げるものなら――
「「!?」」
「中々良いね。だけどまだまだ甘い。文献だけで再現したせいかな? 速度、威力、魔力の構築は本人達が見たら怒るだろう。それと連携もタイミングが少しずれているよ。君達が本当に『千射』『烈槍』を目指すのなら刹那も疎かにしてはいけない。おっと。うん、今の攻撃はまぁまぁだ」
十六本の矢が着弾する直前に片手剣で薙ぎ払い、ヴィヴィの一撃も剣先で槍先だけを抑えられ魔力が四散、突進力も殺され至近距離からの風魔法で私の近くまで飛ばされてくる。
そして時間差で襲いかかった『双襲』と『光刃』による、双剣と光属性(迷宮都市でもほとんどいない)の付与によって煌く長刀による凄まじい連続攻撃を笑いながら凌いでいる。いや、むしろ二人の方が少しずつ捌き切れなくなっていき、弾き飛ばされた。その顔には驚愕。
……自分の目が信じられない。もしかして、本当にこの人は。
「ふむふむ。全般的に見れば及第点かな。ソニア、ヴィヴィにはさっき言った面白いモノを見せてあげよう。それと、双剣の君、名前は?」
「……カールだ」
「君は素晴らしい。これからも精進を。何れ特階位に届くだろう。さて、最後の君だけど……残念だね」
「どういう意味だっ!」
何時もの様子をかなぐり捨てて『光刃』トキムネが怒声。
それに対してハルは困った表情。
「まず、純粋な君の技量は前衛としてヴィヴィに劣っている。それと君に光属性はないと思うけど、その付与されているのは一体何なんだい?」
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