第25話 使う者|使われる者

「――秘密の依頼?」

「ああ。前金で払う額も桁が違う。これを見てくれ。受ける意思があるなら本日中に、私と――キール、お前が指定の場所へ出向かなければならない」

「……確かに金額はすげえが……」


 副長――いや、今や元副長である『狐火』のレフが持ってきた話は恐ろしく胡散臭いものだった。

 ……依頼人は不明。内容も会ってから話す。ただし、請けてくれれば前金分は即座に支払う準備がある――か。


「何処から来たんだこんな依頼?」

「情報屋を通しての名指しだ。迷宮都市で名を馳せた『雪将旅団』団長『迫撃』のキールと私へのな」

「もう『元』だ――残ったのは俺とお前、後は古参の連中が少々。このまま終わるつもりは毛頭ねぇが……今の俺達にそんな力は……」

「分かっている。だからこそ、帝都へ出てきたんじゃないか。団長と私がいれば、盛り返す事は出来る! そして、あの連中を――!!」

「……クランを再建しようにも先立つ物もねぇ。逃げてくるので、精一杯だったからな。しかも、迷宮都市での一件が尾を引いて、迷宮都市の冒険者ギルドから推薦状もまだ……」


 糞忌々しい『紅炎騎士団』と『猛き獅子』――そして、相対した際、絶望すら感じたあの化け物共。

 階層ボスを巡る争いから発生したクラン間の抗争を利用して、二大クランを潰す画策をしたところまでは良かった――しかし、まさか『薔薇の庭園』が出張ってくるとは……その結果は信じられないような惨敗。

 今回の一件に関わった俺達みたいなクランの幾つかは壊滅。その多くが、迷宮都市から逃げるように姿を消したと聞いている。


「……キール、ここは賭けるしかない。クランの資金も残り僅か。このままいけば、遠からず『雪将旅団』は消えてなくなる。私達の数年間の努力がそれこそ雪みたいに消えてしまうんだぞ?」

「分かっている――分かってるが……何か判断する材料はねぇのか? のこのこ出て行って、いきなり囲まれでもしたら笑えねぇ」

「……あくまでも私見だが、おそらく依頼主は帝国内の十大財閥関係だと思う。何処かは分からないが」

「十大財閥だと?」


 どうしてそんな連中が俺達みたいのを――幾らでも私兵を飼ってる筈だ。

 そうか……つまり、俺達みたいなはぐれ者の高位冒険者を必要とし、かつ世間を騒がせないでやる裏の案件、って事か。

 ――前金が法外な訳だぜ。


「レフ――お前はこの案件、請けるべきだと思ってるんだな?」

「ああ。このままじゃ終われない? そうだろ?」


 冷静に今まで俺をサポートしてきたレフが、珍しく熱くなってやがる――そうだな。確かにここは賭け時かもしれねぇな!


「分かった。まずは話を聞いてみるか。請けるか、請けないかはそれからでも遅くねぇ」

「当然の判断だ。では行こう」

「おう」


 レフが先導して歩き出す。

 それにしても――まさかこいつがここまで熱い想いを持ってたなんてよ。

 ……嬉しいもんだなぁ。



※※※



 連れて来られたのは、帝都でも治安が悪いとされる東地区の雑踏にある汚い酒場だった。既に夕刻を過ぎ、客は多い。

 空いている席に座り、安酒を頼む。

 

 ――馬鹿話をしていると、俺達の隣に男が座った。


 フード付の外套を被っていて顔は見れない。

 無言で一枚の紙と小型宝珠を差し出してきた。

 レフに視線を少しやり、内容を確認する。

 こいつは――


「……つまり、この爺さんを拘束して、証拠の品と一緒に帝都まで持ち帰ればいいんだな?」


 男は無言で頷いた。そして、紙に『請けるか?』と書いてくる。

 ……確かに楽な仕事だ。同時に怪しい。


「内容は理解しました――しかし、辺境都市までこのご老人を拘束しに、わざわざ私達を赴かせる理由が分かりません。相手には誰か護衛が付いているのですか?」


 俺とレフは共に第1階位。古参の連中も第4階位以上が4人。

 これだけの戦力があれば、大概の相手には挑める。

 逆に言えばそういう相手なのか? この爺さんが?

 

 突然男が立ち上がり、ついてこい、という仕草。


 周囲に妙な勘繰りを印象を与えないように、ゆっくりと外へ出る。

 ――暫く歩くと馬車と停められていた。どうやら、乗れという事らしい。

 そして、同時に男が消失……精巧な人形術か。

 その中には、仮面を被った男がいた。着ている服から見て、上流階級。

 馬車が走り出す。


「――初めまして。私が依頼主です。諸事情あり、名前は明かせません。お二人の高名は帝都にも届いております」

「俺がキールだ――単刀直入に聞くが、こんな爺さんを拘束するのにこの金額……こいつは誰なんだ? どうして俺達が必要になる?」

「これを聞けば、後戻りは出来ませんが――」

「構わねぇ」

「そのご老人は――シキ家の先代。ローマン・シキ。十大財閥『宝玉』を築き上げたお方、と言った方がお分かりになられますかね?」



※※※



「それで――わざわざ私一人を引き留めたのは何故です?」

「貴方だけに折り入って頼みたい事があるのですよ」


 目の前には例の仮面の男が立っていた。

 既にキールは現在の本拠替わりに使っている宿屋へ戻っている。時間がない。夜明けには飛空艇が出発してしまう。

 目標は、冒険者を護衛に雇っている可能性が高く、準備は必要だった。情報によると、ハーフエルフと一緒だったらしい。

 迷宮都市よりも全般に低階位と聞いているから過剰かもしれないが……。


「頼みとは?」

「簡単な事ですよ。成功した場合、報酬は更に倍――いえ、十倍出しましょう」


 仮面の男は楽しそうに笑っていた。

 そして――



「目標を――ローマン・シキを殺害してもらいたいのです」

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