第18話 タバサ―3

 お爺様を軽くたしなめたハルが私達を追い抜き中庭へ入っていき、エルミアも後に続く。

 一瞬、茫然――だって、あのお爺様がよ? 

 普段は優しいけど、怒ったらそう簡単に許して下さらないのに……あっさりと矛を収めるなんて……。


「どうしたんだい? 君達もおいで」

「は、はいっ! ニーナも、ほらっ!」


 お爺様からの叱責を受けて身体を硬直させているニーナの手を引く。

 この子、小さい頃にお爺様とお婆様に拾われて育てられたから未だに頭が上がらないのよね。

 テーブルに近付き、頭を下げる。


「ローマン・シキが孫、タバサ・シキと申します。この度は」

「ああ、名前だけで構わないよ。私はネイ」

「うむ。ここでは姓や異名など無価値だからな。フォルじゃ、よろしくの、お嬢さん達」

「そうねぇ。少なくとも、エルミアちゃんくらいにならないと恥ずかしくて、とてもじゃないと名乗ることなんて出来ないかしらん? ミラよ」

「……タバサ、ここでは俗世の常識は一切通じん。儂とて、ここではただのローマン。ミラも言ったが名乗りするのは多少、名が知れているだけでは到底足りん。こ奴等は十分だが……いけ好かない奴等よ」

「は、はぁ……」

「ま、気楽に過ごしておくれ。ご注文のブランデーケーキとお茶。ああ、君達の席がないね」


 ハルが四人の前へ、次々とお菓子とお茶を並べていく。

 そして何もなかった筈の場所に、小さなテーブルと三脚の椅子が出現した。

 ……へっ? 

 今、どうやったの??

 ニーナを見る。今日、何度目だろうか、またしても頭を抱えていた。


「どうしたんだい? ほら、お座り。エルミアも食べてからがいいよね? それと君達の分はこれ」

「し、失礼します……こ、これ、どういうお菓子ですか?」

「うん? おや、食べたことないのかい? ローマン、自分だけで独占しているなんて……僕はそんな狭量な友人を持ったつもりはないけど?」

「違うわ……昔はあれがよく焼いておった。タバサが物心つく前の話じゃ」

「そっか――もう、そんな経つんだねぇ……。それはね、ホットケーキと言うんだ。簡単だけど美味しいよ。バターと蜂蜜をたっぷりつけて召し上がれ」

「――熱い内に食べる。美味しいから」


 えっと、これどうやって――エルミアを見ると、ナイフとフォークで切り分けて食べている。

 ……何か凄く幸せそう。

 目の前に置かれた、三枚重ねられているホットケーキ? に意を決して手をつける。ちょっと多い気がする……こんなに食べられないわよ。

 私も切り分け口へ――ほわぁぁぁぁ!


「どうかな?」

「美味しいですっ! 物凄くっ!! こんなの帝都でも食べたことないです」

「そう、良かった。お代わりが欲しかったら作るからね。たくさんお食べ」

「はいっ! ニーナも食べなさいよ。とっても美味しいわよっ。これを食べないなんて、人生を損してるわっ!!」

「……タバサお嬢様のそういうところ見習いたいです」


 それ、さっきも言ってたじゃない。 

 どうやらここでは世間の常識が通じないみたいだし、なら楽しんだ方が良いと思うわ。

 少なくともこんなに美味しい物を食べられるなら不満はないし。

 ……お爺様達が食べている、ブランデーケーキ? も美味しそうね。

 視線に気づいたのだろう、機先を制される。


「……やらんぞ」

「ええ~」

「お前にはまだ早い」

「そんなぁ……」

「ははは、ローマン。お孫さんをそんなに虐めなくてもいいじゃないか。私の分をあげよう」

「いいんですかっ!? ありがとうございますっ!」

「……ネイ、そう甘やかしてくれるな」

「君を追って、ここまでやって来たのだろう? しかもを見せてもらえるこんな記念すべき日に。その幸運に敬意を払うだけさ」

「あれ? 記念?」


 何だろう?

 気になる――けど、今はブランデーケーキに専念。

 ……ニーナ、物欲しそうに見ててもこれは私のよ?

 貴女、ホットケーキはどうしたの? えっ? もう食べたの??

 ち、ちょっと、それは私のよっ! あげないんだからねっ!


「ふふ、お代わりはいるかな?」

「「はいっ!」」

「素直でよろしい。焼いてくるから、エルミア、そっちの準備をお願い出来るかな?」

「――了解。私もお代わり。今度は生クリームがいい」

「「私達もそれでお願いしますっ!」」

「――適応能力がちょっと高すぎる子ネズミ達」


 目の前に座っているエルミア――こうして見ると本当に可愛い人。まるで絵本の中から飛び出たような――が、呆れたように呟く。

 何ですか? だって美味しいんですものっ! 美味しいは正義ですっ!!

 それを見て、くすくす、とハルが笑っている。


「ちょっと待ってくれるかい?」

「うむ。ハルよ、そう焦らしてくれるな。一報から2年も待ったのじゃ」

「ハルちゃん、あんまり虐めないで。完成したんでしょう?」

「無論、何時もの勝負は楽しみだ……しかし、今日はより面白い物を見せてくれるのだろう?」


 既にケーキを食べ終えたお爺様達がハルを呼び止める。

 ――面白い物?


「仕方ないなぁ。嫌われると大変だから、乱暴にはしないように。名付け親に似て、懐いてないと噛み付くよ」


 そう言うと空間から何か――これは――。

 お爺様達の椅子が、がたっ、と音を立て、四人全員立ち上がる。

 その表情はそれぞれだけど、共通して浮かんでいるのは――戦慄。

 

 ――私の肌も粟立つ。震えが止まらない。な、何なのよ、このは!?



「紹介するね。これが先頃、完成した僕の杖。銘は『レーベ』。現状、大陸最高の杖を自負させてもらっているよ」

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