第19話 タバサ―4

 その杖――『レーベ』と言うらしい――は静かに浮かんでいた。

 

 私は初歩魔法しか使えないし、魔力を感じるのも敏感じゃない。

 けど……今まで数多くの武具や杖、魔道具を見てきたから分かる。私の記憶から類似品を全く見いだせないこの杖は――

 

 

 

 な、何なのよっ、これは!? 

 そもそもどうやって浮いて……だけど今はそれどころじゃない。 

 救いなのは決して禍々しくないこと。むしろ神々しさすら感じるけどさっきから、肌は粟立ち放し。 

 私達が一言も発せられない中、ハルが穏やかな口調で告げる。


「取り合えず、僕は追加のホットケーキを焼いてくるから、その子は置いていくよ。さっきも言ったけど取り扱いには注意、ベタベタ触ると怒るから気を付けて。レーベ、いい子にしてるように」

「――私も準備する。冗談抜きに狂暴だから注意。未だに私を敵視してる。名付け親がいけない。今度は私に頼むべき」 

「エルミアはかなりの数、名付け親になってるじゃないか」

「――ハルと私の愛の結晶は多い方が良い」

「まぁ次の機会があったら頼むね」

「――うん」


 楽しそうに話ながら、ハルとエルミアは中庭から出て行った。

 ……狂暴って。

 杖に対する表現じゃない気がするけど――でも、目の前に浮かんでいるのを見ると……下手に手を出したら駄目って言うか……酷い事になりそうというか……人が持っていい物じゃない雰囲気。

 ニーナに目を向ける。あ! それ、私のブランデーケーキ!!


「これはこれで美味しいです。だけどホットケーキの方が落ち着きますね」

「ち、ちょっと現実逃避しないでよっ!」

「……無理です。私の中で常識が粉みじんになりましたので。難しい事はタバサお嬢様にお任せいたします。私はケーキに専念を」

「ニーナ!」

 

 一人だけ楽をしようなんて、それでも私の親友なのっ!

 こんな訳分からない状況。何時も通り死なば諸共よ。

 私のホットケーキを狙うのは止めてっ。


「ははは、懐かしい。昔の私達を見るようじゃないか?」

「くくく、確かにのぉ。通過儀礼じゃな」

「あら? 私は別にそうならなかったわよ?」

「嘘を言うな。血相を変えてハルに詰め寄っていたのは誰だと」


 私達のやり取りを聞いていた、お爺様達が硬直を解き苦笑する。

 そして杖に近付き見分を始めた。


「まずはミラ、杖は専門だろう?」

「冗談がキツイわね。私が普段作っている物と、これを比べるなんて……」

「当世において『大陸最高の杖製作者』と呼ばれる君が作る杖とかい? 中々、強烈だね」

「基本の土台は世界樹。だけど、私が使った事がある物とは明らかに異なるわ。これ、もしかしたら……」

「何だい?」

「考えをまとめるわ」


 ミラさんはそう言うと、椅子に腰かけ手帳を取り出し何かを書き始めました。

 ……取り合えず、色々と聞きたいけど我慢。

 世界樹……しかも、ミラさんってあの有名な?

 ニーナ「私は何も聞いていません」のふりは止めなさい。一緒に過酷な現実へ立ち向かうのよっ!


「フォル、君の見解は?」

「あくまでも推測じゃぞ? 情報が足らぬ。世界樹を土台にし、七属性宝珠をはめ込み――これじゃ。これは金属か? しかし、このように膨大な魔力を保持する物を七種類なぞ……ネイ、お主の考えは?」

「私も推測に過ぎないが……その金属のように見えてる物は金属ではあるまい」

「ではなんじゃ?」

「……恐らくだが」


 お爺様が重々しい声を出されます。その額には汗。

 ……ああ、嫌な予感。


「真龍の素材だろう。そうすればあることも理解出来る。部位までは特定不能だ。しかし、普通の世界樹ではもたないと思うが……」

「「…………ハルは正気か!?」」

「ローマンの推測は当たってるわね。これ、普通の世界樹じゃない。私も初めてみたけど……その……」

「どうしたんだい?」

「そうじゃ、勿体ぶるでない」


 ミラさんが言い淀んでいます。

 お爺様がそんな中、杖を触ろうと――その瞬間、激しい紫電。

 手を引っ込まれて無事。良かった。


「ミラ、儂も同じ意見だ」

「やっぱり。これの土台、世界樹は世界樹でも、よ。しかも、枯れて落ちた物じゃなくて……切り取ったのをすぐに保存したんじゃないかしら? 結果――この杖は生きている杖なのよ。比喩表現ではなく」

「……し、心臓に悪い」

「……わ、儂もじゃ、動悸がしおる」


 そろそろ私も倒れそう。

 あ、心臓痛い。変な鼓動。ニーナ、両手で耳を塞ぐのは反則よ? 

 私と貴女は何時でも一緒だったんだから。

 その手をはーなーしーなーさーいぃー。


「それじゃ何かい? この杖は、世界樹上層部で切り取られたばかりの枝を使い」

「七属性宝珠と」

「七龍素材を用い」

「それらが反発しないよう構築した、言わば奇跡の杖……いいえ、私ならこう呼ぶでしょう。『至高の杖レーベ』と。ハルちゃんが、最初に基本形を作って、そこから今の形まで2年もかかる訳ね……」


 お爺様達が疲れ切った表情で椅子に座られます。

 話の内容が凄まじすぎて、正直ついていけません。

 ……まるでおとぎ話のよう。

 恐る恐るレーベに近付いてみます。


「タバサお嬢様!」

「大丈夫よ。ちょっと見るだけ。あれ? お爺様!」

「なんだ」

「杖の表面に何かが書かれています。これって」


 私は無意識に杖へ手を伸ばし……あ、まずっ。

 紫電が私を襲いかかり――消える。

 ……へっ?


「満足したかな? レーベ、全員を拒否しようとしちゃ駄目だよ?」


 見るとそこには、お盆を持っているハルが笑顔で佇んでいた。

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