第16話 タバサ―1

「へぇ、思ったよりもお店がいっぱいあるのね。帝都の冒険者街に似てるかも」

「辺境都市、迷宮都市、西都、そして帝都の四都市に我が国の冒険者達は集中していますからね。雰囲気が似るのは当然でしょう。それに人数自体がこの一年で増えたようですし――今、活躍している有名冒険者も、ここ出身者は多いと聞いています」

「人数が増えてきてるのは確かにそうかも。うちの武具や装飾品もより強力な物がよく売れてるみたいだし。それだけ、中堅層が分厚くなってきてる――あ、あの店、並んでるわよ。美味しそうな匂い。ニーナ、私達も並ばない? お昼ご飯が、飛空艇の上で出たあのお弁当だけじゃ足らないわ!」

「タバサお嬢様……まさか、目的をお忘れになっていませんよね?」


 ニーナが冷たい口調で聞いてくる。

 わ、忘れてないわよ。

 あれ? そう言えばお爺様は何処に――


「大旦那様はあちらです。さぁ、追いかけましょう。折角、飛空艇に乗ってまで来たのですから」

「うん、そうね。それにしても初めて乗ったけど……飛空艇ってあんなに早かったんだ。帝都からここまで、半日で来るなんて」

「あれでも、元々の真龍よりは相当遅いらしいですよ。機関を改良したくても……数がありません。代替機関も完成には程遠い筈です。国内で運用されている飛空艇の就役数を考えれば実験に供する程の余裕はないかと。予備も必要ですし……」

なんて、早々手に入る物じゃないしね……お父様が苛々している筈だわ。今回の一件で、どれだけの素材を得れるかは確かに一大事だもの」


 今、帝都は黒龍討伐にどこもかしこも沸き立っている。

 何せ、大陸全体でも僅か二十名足らずしかいない本物の『英雄』が誕生したんだ。

 冒険者の世界にそこまで詳しくない私でもその凄さは分かる。後世の歴史書に名前が残るのは確実だろう。

 同時に得られた巨大な黒龍の素材は多くの関係者にとって正しく垂涎の的。

 今後、数回、下手すると十数回に渡って競売にかけられる事になる予定だ。

 落札額は……想像もつかない。小国の国家予算位は動くだろうなぁ……。

 だけど、少なくともあの人はお金にそこまで執着するかな?


「確かタバサお嬢様は『雷姫』様にお会いなられた事があったのでは?」

「今回の一件より前に。うちの依頼を引き受けてくれたのが『閃華』様と『雷姫』様だったのよ。とっても綺麗な人達だったわ。正直、同じ人間なのか疑うレベルね。ただ……」

「何ですか?」

「ちょっと怖かったな。お父様と話していても、二人ともまったく興味がなさそうだったもの。うちの武具やアイテムを提供しましょうか? という問いかけもきっぱりと断ってたし……お爺様とは随分話されてたけど」

「大旦那様とですか?」

「うん。引退されてからほとんどそういう席に出て来なかったのに……その日だけは自分から。後で聞いてみたけど、何も教えてくれなかった」

「……怪しいですね」

「へっ?」


 今の話に何かヒントが隠されていたかな?

 お爺様は、私を含めた孫には甘いけど……教えてくれなかったのは何かしら機密があるからだろうし。

 私が首を傾げていると、ニーナが――メイド服姿ではなく、冒険者風。似合ってる――話を続けた。


「私の記憶では『閃華』様、『雷姫』様、共に帝都へ来られる前はここ、辺境都市で腕を磨かれた、と聞いています。そして、大旦那様も元々はこの地で大奥様とご商売を始められた……」

「ち、ちょっと待って。それは事実だけど……四半世紀前の話よ? 二人とも、ニーナとそんなに変わらない歳のように見えたし……偶然だと思うけど?」

「私と同年齢……改めて聞くと凄まじさを通り越して溜め息しか出ませんが――タバサお嬢様、お考え下さい。シキ家の先代と『屠龍士』――しかも――という登場人物が、一つの盤上で関わる確率は天文学的だと私は考えます」

「それは…………ちょっと、あり得ないわね」


 言われてみれば確かにそうだ。

 お爺様は何をあの時、話されていたんだろう?

 ……まぁ、いいわ。今はとにかく何処へ行かれるのかを確かめないと!

 ニーナも同じ事を考えていたらしい、お互いに頷く。


「とにかく、追いましょう」

「はい。大旦那様は鋭い方ですから見逃さない限界で参ります。タバサお嬢様、今回は寄り道無しですからね」

「わ、分かってるわよっ!」

「では――」


 そう言うと、ニーナが歩き始める。

 ……えっと、もうほとんど見えないんだけど。

 この距離じゃないと気付かれるの? お爺様……凄い。

 それから、ある時は止まり、ある時は隠れ、ある時は少し駆け――私達はどんどん街外れに向かっていった。

 そして遂にお爺様が建物の中へ入って行くのを確認。

 あれは――


「廃教会……かなぁ?」

「タバサお嬢様――どうされますか? 行先はこれで分かりましたが……」

「続行よ。私達が知りたいのは『何処』へもあるけど『何故』の方が大きいもの」

「分かりました……私の傍を絶対に離れないで下さいね?」


 何時になく真剣な口調でニーナが告げる。

 当然。信頼してるわよ。

 

 そして私達はお爺様を追って中へ侵入し――程なく抵抗することも出来ずあっさりと捕まった。

 

 ニーナが反応すら出来ないなんて……。

 今、私達の前に立っているのは、白髪の美少女メイド――エルフ?――と眼鏡をかけ白いエプロンを着ている細身の男。



「――ネズミかと思ったら違った。子ネズミだった。しかも二匹同時とは珍しい。どうしよう?」

「そうだね。取り合えず二人分のお菓子とお茶を追加かな?」

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