第2章 タバサ
プロローグ
今日、大陸には数十の独立国家が存在している
その中で、抜きんでた国力を持っているのは三か国。
すなわち――
『大陸最強』である帝国。
『戦争国家』である王国。
『商業優先』である自由都市同盟。
これら三か国が大陸の覇権を争い、早一世紀以上。
国力比は4:3:3。
帝国は単独での戦争ならば、圧倒可能だが……王国・同盟はそれを許さず。
結果、奇妙な拮抗状態が長く続いている。
そして、それは各国が抱えている大財閥の数からも容易に理解可能だ。奇しくも国力比と同数なのである。
『十大財閥』『十頭の巨龍』『民衆の血を啜る怪物達』『戦乱の総元締め』
これら以外にも様々な異称・蔑称を付けられているこれら大財閥だが四半世紀前まで、九大財閥だった事を覚えている者は今や少ない。
十大財閥――その末席に座っているのは『宝玉』シキ家。
先代が、一代で築き上げた新興と言ってよい家である。
異名が示す通り、宝石の卸売りと加工業から身を起こし、瞬く間に大財閥の仲間入りを果たした。
その勢いは凄まじく、遠からず末席を脱すると囁かれ、各国の上層部にも喰いこんでいる。
数年前に当主交代があったものの、二代目も相当なやり手であり、かつての本業以外、様々な分野へ進出を果たし成功を収め、現在も急成長中。
そしてその日、帝都のシキ家ではある騒動が持ち上がっていた。
※※※
「父上! 何処へ行かれるんですかっ!」
「……何だ、騒々しい。叫ばなくとも聞こえておる」
呼び止められて振り返ったのは痩せた老人だった。肩に小さな鞄を背負っている。
歳は60歳後半だろうか?
足腰はしっかりしており、その眼光は鋭く、並の人物ではないことが窺い知れる。
「報告は聞かれている筈です。あの『雷姫』が黒龍を討伐しました。これから忙しくなります。父上には、帝都にいてもらわねば困ります!」
「儂はとうに隠居した身。好きにすれば良い。シキ家の当主はもうお前なのだ。それに……黒龍如きで老人の数少ない楽しみを奪うな。前回からもう半年以上も経ってしまった。歳を考えれば、後何度行けるか……」
「黒龍如き、ですか。今回の一件を制すれば、十大財閥の席次にすら影響を与える案件だというのに……。そうまでしてご自身で行かれるのは何故です? 何があると言うんですかあの都市――辺境都市に!!」
「……今のお前では、未来永劫分からんよ。話すつもりもない」
そう寂し気に笑い、老人は玄関へ歩き始める。
それを憤然とした表情で見つめていた中年――シキ家の現当主であるラインハルトはやがて苛立たし気に踵を返した。
黒龍の素材を他の大財閥よりも出来る限り多く入手しなくてはならないのだ。
だからこそ、帝国上層部や、冒険者ギルトと未だに繋がりを持つ先代である父――ローマンを使おうと思ったのだが……対策を練り直す必要がある。
それにしても、まさか、こんな時期にああなるとは。
(あのような都市に何があると言うのだ! 母上が亡くなられてからは落ち着かれていたというのに……)
両親が若き頃、辺境都市に住んでいたのは知っている。
そして、かつての本業――宝石の卸売りと加工を始め、記憶にはないが自分もそこで生まれ、幼い頃を過ごした事も。
……だが、分からない。
今や、帝都で入手出来ない物などないのだ。
まして、我が家は十大財閥の一角を担っている。父はその先代。
必要ならば送らせるか、呼びつければいい。わざわざ出向く必要性は皆無。
それにも関わらず何故……。
幾度となく尋ねたが、決して答えてはくれない。
ただ、笑うだけ。それに憐れみの色が混じっている事に気が付いたのは何時だったろうか。
立ち止まり考え――浮かんだものを振り払う。
母が亡くなって以降、ぎくしゃくしているとはいえ実の父である。
無理矢理――力づくでも聞き出す事は出来ない……。
取り合えずは目先の問題、如何にして他財閥を出し抜き、素材を多く入手するかを考えるとしよう。
そう思い、歩みを再開する。会議をしなくては。
シキ家当主は多忙。
些末な問題に関わっている時間などないのだから――。
ラインハルトが去った後、廊下ではひそひそ話をする二人の少女。
どうやら、先程の言い争いを覗き見していたらしい。
一人は背が低く、まだまだ幼い印象。歳は15歳にも達していないだろう。
もう一人は、やや年上でメイド服姿。その動きを、見る者が見れば、護衛も兼任していることが分かった筈だ。
(ニーナ、聞いた?)
(聞きましたが……本当に行かれるんですか?)
(当たり前でしょ! お爺様の行き先がようやく分かったんですもの。お母様の許可はもらってるしね。何より気になるでしょ?)
(それはまぁ、確かに……)
(なら、行くしかないじゃない。楽しみ! 私、辺境都市って初めてよ)
(私もですが……取り合えず、行くなら大旦那様を追いかけませんと)
(そ、そうね! あ、お金と服の準備は――)
(抜かりなく。おそらく、飛空艇かと思いますので急ぎませんと)
(流石!)
(仕方ないからお付き合いしますが……危ない事には首を突っ込まないで下さいね? 帝都じゃないんですから)
(はいはい)
(……タバサお嬢様?)
(わ、分かってるわよ)
仲良く言い合いながら二人の少女は、ローマンの後を追いかける。
彼女達はまだ知らない。
――そこで自分達の人生を激変させる出会いが待っていることを。
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