タチアナ

「はぁ!? すぐに水の宝珠を手に入れろ?」

『そう、事態はとにかく急を要するのっ! お願いっ! タチアナなら、色々と顔が効くでしよっ?』


 うちの団長――ハナから連絡が入ったのは、私がクラン関係の細々とした書類仕事を終え、そろそろ夕食を取ろうかな、と思っていた時だった。

 ……緊急連絡用の宝珠が反応した時は何事かと思ったわよ。心臓に悪いんだから。

 しかも飛翔魔法を使いながらみたい。風切音が聞こえてくる。

 あれ? だけど、今日は――


「ハナ、数日はあちら辺境都市に泊まるんじゃなかったの?」

『そのつもりだったけど事情が変わったのっ! 今、そっちへ全力で向かってるから、競売を調べておいてっ! 水の宝珠だよっ!! お願……』

「ハナ? ハナー?」


 宝珠の持続時間が切れたらしい。

 もう! これ、結構な貴重品なのに。

 ともかく、それだけ遠距離からということね……。

 辺境都市から迷宮都市――幾らハナでも半日はかかる。

 まったく――


「仕方ない団長様ね」


 私は椅子から立ち上がり外套を羽織る。

 急げばまだ、競売場は開いているだろう。

 

 ――属性宝珠が売りに出されるとならば、大手クランへは事前に連絡が来るから、おそらく空振りだと思うけど。万が一、ということもあるし。

 

 無かった時はそれ以外の伝手も頼ってみましょう。

 金庫に風属性宝珠はあったから交換でも良いわね。

 普段は一切、何も欲しがらない子だし……偶の我が儘は聞いてあげないと。

 それに、例のお師匠様ハルさん絡みなら、ハナが諦める事は期待出来ない。 

 なら、次善を考えるのが『薔薇の庭園』副長である私の役割。

 あの子が取り乱すなんて、それ以外の事じゃ中々考えられない――もう1人、可能性を持った方がいるわね。

 だけど、も言ってしまえばそちら関係か。

 考えてみると、大陸第7位の魔法士であるハナ、である『天魔士』が同じ人に魔法と生きていく術を習ったって、凄い事よね。

 ハナは毛嫌いしてるけど……悪い人じゃなかったのにな。

 

 それにしても、何時になったら私はハルさんご本人とご対面出来るのかしら? 

 

 最初は、妄想かと思ってたわ。今でも、団員達の何人かは疑ってるわね。

 散々、話は聞かされてきたし、同じ話をする人達――軒並み大陸有数の実力者ばかりだったけど――にも会ってきた。

 この前なんか、あの『千射』のエルミアさんが訪ねて来てくれて! 

 

『――今日はおつかい。これ、ハルから。何時もこの子ハナが迷惑をかけてるからって』

『め、迷惑なんか、かけてないっ!』

『――そう。ならハルに伝えとく』

『う…………嘘です。迷惑かけてます』

『――申し訳ない。これからもこの子の事をお願い』


 流石に驚いたわ。

 だって……『千射』よ? 

 私が子供の頃に夢中で読んだ冒険譚。その主人公が目の前に!

 とっても可愛くて、綺麗だったなぁ。

 

 同時に思ったわ。この人を育てた人はとっても暖かい方なんだな、って。

 

 だけどそれ以来、ハナが妙に警戒してるのは何でかしら?

 「危険」「これだからお師匠は……離れていても無差別に撃ち抜くのは止めてほしい」「不本意だけど……あいつにも注意喚起をしなきゃ」とか、ぶつぶつ呟いていたけど。

 

 ……まぁいいわ。取り合えず水の宝珠確保に全力を尽くすとしましょう。

 あの様子だと、団長様も明日には帰って来るだろうし。

 もしも、なかった場合は――。



※※※



「な、ないのっ!?」

「ええ。競売は勿論、大手の商会にも尋ねてみたけど水の宝珠はないそうよ。個人相手の交渉は時間がかかるし――ほら、まだ終わってないわ」

「そ、そんなぁ……」


 ハナが髪の毛をぼさぼさにし、汗だくでクランホームに帰ってきたのはその日の夜半だった。

 ……ちょっと全力過ぎるわよ。

 貴女、仮にも乙女なんだからね?

 取り合えず、沸かしておいたお風呂――ホームを購入した時にハナが「絶対に必要!」と主張した。確かにそうだった――に放り投げ、今は髪の毛を乾かしてやりながら話をしている最中だ。


「それで、どうしたのよ? 事情を説明してほしいわね」

「……今日、お師匠のとこに行ったら杖を作ってて『水の宝珠がないんだよ』って。そんな事言うなんてすっごく珍しいんだからねっ!」

「はぁ……やっぱり、ハルさん絡みなのね。まぁそれは良いけど。どうするの?」

「…………どうしよう? 今から、帝都に行っても空振りだったら誰かに先を越されるかもしれない。みんな、こういう機会を狙ってるし。うぅ……タ、タチアナ、何とかならない?」


 泣き出しそうな表情でこちらを見てくるハナ。

 ……この子、本当に凄い魔法士だし、尊敬もしてるんだけど、ハルさん絡みだと思考停止に陥るのよね。私に迷宮都市を任せて、自分は帝都へ行っていれば良かったのに。

 これが傲岸不遜で有名な『灰塵の魔女』だというんだから――私はくすりと笑ってしまう。

 そして、決めておいた次善の策を話し始める。


「迷宮都市に宝珠がなくて、帝都まで行く時間もないなら、取りに行くしかないわ」

「取りに行くって……階層ボスを討伐するってこと?」

「『紅炎騎士団』から届いた100層までの突破計画は貴女も目を通したでしょう? 私達でもやれるだろうけど……」

「時間はかかる、か」

「それに色々と角が立つわ。彼等には悪いけど、相乗りさせてもらうのが良いと思う。出るかは運次第だけどね」


 ハナはしばらく考え、小さく頷いた。

 ――了解。

 なら、最速かつ完璧に100層まで踏破しましょう。交渉は任せて。



 取り合えず……終わったら今度こそハルさんに会う機会があると良いな。

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