カール
「どうした、双襲よ。めでたい席なのに浮かない顔だな、ええ? 主役の一人がそんなんじゃ、折角の酒が不味くなっちまうぞ」
そう言って、俺に絡んできたのはブルーノだった。
……息が酒臭い。大分飲んでるな。夕刻から始まった祝勝会だから仕方ないが。
ため息をつき、答えた。
「……それはそうだろう。俺は迷宮都市の中でも使える方だと思っていたんだ。迷宮都市随一には遠いが……五指に入ると」
「確かにな」
「それがどうだ! 散々噂は聞いていた。だが……あれ程とは……。想像出来たか?」
「いや……」
目の前に置かれている、高級酒がなみなみと入った杯をあおる。
殊更苦く感じるのはどういう訳か。
――今、俺達がいるのは迷宮都市でも最高と名高い酒場である。
周囲では、各クランメンバーが滅多に味わえない酒と料理を楽しんでいる。
そんな場所を貸し切りにしたのは――俺達が快挙を成し遂げたからだ。迷宮都市の歴史に名を残す程の。
「92層から僅か5日間で100層の階層ボス討伐成功……しかも、誰一人として犠牲を出さず! 参加しないで話だけを聞いたら、詐欺だと疑うだろうな。1週間経ったのに、実感がない」
「……お前さんの言いたい事も痛い程分かる。だが、その一角を担ったのは間違いなく俺達だ」
「本当にそう思っているのか?」
「…………」
ブルーノが押し黙る。
こいつも、迷宮都市では名が知れた存在。
だからこそ、痛感している。自分達のクランと『薔薇の庭園』にある懸絶した差。
……そして、思い知らされた『灰塵の魔女』『不倒』の実力を。
あの二人の戦う姿を思い出すと絶望を通り越し、乾いた笑いしか出ない。
戦前の自分が抱いていた思い上がりを粉砕するには余りある……。
何が『双襲』。何が第1階位。
しかも、魔女はともかく、タチアナは本来同階位な筈なのに……。
彼女達は時間をかけさえすれば単独クランでも踏破してみせただろう。それ程の余裕を常時持ち続けていた。
挙句の果て――
「100層の階層ボスを見た時、俺は正直震えたよ。まさか伝説でしか聞いたことがない
「……圧倒的な再生力と、喰らえば下手すると即死な猛毒と並大抵の攻撃を弾く防御力。そして、上級水魔法の半端じゃない連射。俺とお前のクランだけだったら……全滅したかもしれねぇ」
「それなのに、だ。あの女、『不倒』は何て言ったと思う?」
「……聞きたくねぇなぁ」
「『当たりですか。良かったわね、ハナ』と言いやがったんだよ、あの女はっ! 実際、まるで危なげなかったしなっ!!」
杯を再びあおり空にし、机を叩きつけた。
周囲の人間が怪訝な顔をしてこちらを見る。
しかし、すぐに会話へと戻ってゆく。祝勝会が始まってから数時間。酒杯と料理も空の物が目立ちつつあるようだ。
離れた席に座っているタチアナを見ると、酒の影響か、顔がほんのりと赤く染まり、ただでさえ常人離れしている美貌が更に引き立っている。
――今回の事がこんな結果になっていなければ、俺はあいつに――
「……くそっ」
「まぁ、そんなに落ち込むな。ほれ、飲め。飲んで忘れちまえ。もう、空じゃねぇか。おい! こっちに酒を追加だっ!」
ブルーノが何を勘違いしたのか気をつかってくる。
……こいつ、案外といい奴かもな。
そんな事をぼんやりと思いっていた時だった――重厚な酒場の扉が開いた。
入ってきたのは、精悍だが見るからに不愛想な男。
肩に使い古された革袋を背負っている。
「『灰塵の魔女』がいると聞いてきた。いるか?」
「……あんた、何者よ? うちの団長に何の用――」
「はいっ! はいはいっ!! ここにいるわっ!!!」
『薔薇の庭園』のクランメンバー(確か後衛だ。可愛らしい)が突っかかろうとするのを押しのけ、魔女が前に出てくる。
……どうして、あんなに嬉しそうなんだ?
「届け物。辺境都市から」
「えへ……えへへ……えへへへ……えへへへへ♪」
「サ、サイン」
突然、笑い出した魔女を見て配送屋――左腕に付けられているあの青い腕章。飛竜便か――が後退り。
傍目から見ても恐ろしく不気味だ。
『薔薇の庭園』の連中は4~5人が怪訝な顔しているのに対して、タチアナを含めた古参連中は生暖かい視線。
……いや、彼女だけ何か違うような?
配送屋がサインを確認し、荷物を手渡す
あれは小袋?
「それと手紙」
「ありがとっ! ふむふむ――あら?」
荷物を受け取り、手紙らしい紙片を読んでいた魔女は満面の笑みを浮かべ周囲に告げた。
「自分達の幸運に感謝なさい! 私のお師――こほん、師が今回の快挙に敬意を表して、名酒を差し入れてくれたわ! 飲めない子達、安心なさい! お菓子もよ」
そう言うと、小袋から5つの大樽が床に、色とりどりのお菓子が載っている台が複数、近くの机上に出現した
……嘘だろ?
祝いの品物を贈る為だけに、アイテム袋を使ったのか!?
簡単な時空魔法によって多くの物を収納出来るあれを手にいれるのに、世の冒険者がどれだけ苦労すると思って……。
「帝都の一流どころより美味しい事は私が保障するわ。楽しみなさい。宴の本番はこれからよっ!」
歓声があがり、皆、一斉に群がる。
口々に「美味い!」「お、美味しい!」と言い合っている。
そんな中――俺は見てしまったのだ。
用が済んだ筈の配送屋がタチアナに近付き小箱を手渡すのを。
そして――中身を確認した彼女が驚き、すぐ嬉しそうに頬を染め、その口が「『ありがとうございます、とても嬉しいです』と伝えてくれるかしら?」と動く光景を。
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