第10話 レベッカ―8

 古代において、人族は魔法を使えなかった。


 龍や悪魔、その他怪物が跋扈ばっこし、エルフやドワーフといった魔法を既に使いこなしていた種族がいる世界で、弱小な私達の祖先は怯えて暮らしていたのだ。

 滅びなかったのは、その繁殖能力の高さと、弱すぎて眼中に入っていなかったからに過ぎない。

 

 ――魔法をその手に得るまでは。


 誰が初めてそれを手に入れたのかについて歴史は沈黙。

 しかし、様々な伝承や神話、昔話といった形で無数に語られている。

 それらに共通しているのが魔法を直接手渡しされていることだ。

 その存在は、ある神話では女神だし、ある伝承では龍だし、ある昔話では悪魔。 荒唐無稽なところだと、空からやってきた存在というのもある。

 何であれ、人が得た最初の魔法は、何処かの誰かさんから受け取った贈り物だったらしい。

 

 ――例えば、今、私の手の中にあるのように。


「一回で成功するなんてね。流石、レベッカ」

「……質問に答えなさい。あんたは何者なの? こんなことが出来るなんて」

「あり得ない?」

「……これはでしょう? 歴史上、数人しか確認されていない。しかも、その成功例は――魔女・魔人、それもその極々稀な例だった筈よ」


 魔法を手に入れた人族は、じわじわとその勢力を拡大していった。

 無論、龍や悪魔が圧倒的とも言える戦闘能力を持っていることは間違いない。

 エルフやドワーフにも、人に勝る魔力と、魔法に対する知識の蓄積がある。

 

 ――それでも、数の暴力は多くの場合において有効だったのだ。

 

 怯えるだけの生活を脱し、余裕が出来てくれば過去に目を向ける人物も現れる。

 魔法を手に入れる切っ掛けを研究し始めるのは必然だったのかもしれない。

 数世紀に渡って各国で様々な研究が行われ、そして全て頓挫した。

 今では、魔力譲渡=不可能の代名詞と化している程だ。

 私もそう思っていた……少なくとも目の前で見せられるまでは。


「他者へ自分の魔力を渡す――言うだけなら確かに簡単ね。けれど、人の性格がそれぞれ違うように、魔力もまたそれぞれ違う。そして、全てを同調させないと魔力譲渡は成功しない。全てを同じになんて、出来る筈ない!」

「うん、そうだね」

「……なのに、あんたは私に魔力を渡したっていうの?」

「さっきの戦闘で炎魔法を使っているのを見ていたし、微量ならそう難しいことじゃないよ。ああ、僕は普通の人間だから誤解なきように」

「――っ」


 ハルが苦笑しながら告げた台詞に絶句する。

 確かに、炎魔法は使った。

 けれど、奇襲の初撃と、混乱している小鬼への二撃だけだ。

 僅か二回。それだけで、女神教会が無条件で奇跡認定している事を成し遂げたと? 確かに微量な魔力だったけれど……。

 左手を少し握りしめる――そこにあるのは間違いない、あれ程、焦がれた雷魔法の波動。

 ……こんな簡単に手に入るものだったの? 私の努力は無駄だったの?


「何か勘違いをしているみたいだけど」


 私が沈黙してしまったのを見たハルは困った顔で声をかけてくる。

 ……何よ?


「君の努力は全く無駄になってない。確かに子供の頃は使えなかったかもしれない。でも、今なら問題なく使えるんだ。何故だか分かるかい?」

「……分からないわよ、そんなの」

「ふふ、拗ねない、拗ねない」

「す、拗ねてなんかっ」

「単純な話だよ。子供の頃の君じゃ、潜在的な素養を使いこなせなかったんだ。無理矢理発現させていれば――こうして僕と話していないよ」

「っ!?」

「だけど、本当は向いてない炎魔法を磨き続けた結果、それを使うだけの素地が出来上がった。僕がしたのは少しだけそれに手助けしただけ。よくここまで努力したね。本当に凄い」

「……褒めても何も出ないわよ?」


 不意打ちは本当にやめてほしい。

 さっきから、嬉しくなったり、誰にも話した事がない過去を話してしまったり、無条件に褒められてまた嬉しくなったり――こいつの前だと私はおかしくなる。

 強くならなきゃいけなかった。そうしないと、生きて行けなかったから。

 でも……やっぱり誰かに認めてほしかった。

 言ってほしかったのだ。『お前は頑張っている』と。

 ハルは私が欲していた言葉をくれる。

 ……油断していると、心に染み込んできてしまう。そしたらもう――。

 湧き上がってきた考えを振り払うように、首を横に振る。よし、大丈夫。


「そ、それで、これからどうするのよ? また、黒灰狼を追うの?」

「そうだね。追いつつ目ぼしい獲物がいたら練習しようか。レベッカも使ってみたいでしょ? 雷魔法」

「…………」

「あれ? 試したくないの?」

「あ、あんたが、「どうしても、君が使ってるところを見たいな」……まだ、何も言ってないわよ」 

「ふふ、レベッカは本当に可愛らしいね」


 ハルが目を細めて笑う。

 もう、何なのよ!

 ……頬が紅くなっているのを自覚。誤魔化すように歩き出し――突然、腕を掴まれ、強引に引き寄せられる。

 へっ?

 

「ち、ちょっと! 何なの?」

「初手に麻痺魔法とは、センスがないね」

「何を言って――」

「……ちっ! 気が付いていやがったか」


 思考が一気に鎮静化。

 ――この声は、私が最も聞きたくない声の一つだ。


「レベッカを拘束してから、その目の前で料理してやるつもりだったのによぉ。予定が狂ったぜ。まぁいい」


 茂みから、ダイソンとその仲間達が出てくる。

 唇を噛む。油断していたとしかいいようがない。



「どうせ男は殺る。そして、レベッカ――お前は俺のモノだ」

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