女難聖騎士殿はそれでも結婚したい
榮織タスク
第1話 放浪剣士デュラン
無精ひげと雑に切りそろえられた金の短髪、果ては安値の革鎧。
さすらいの剣士であるデュランは、レーガライト王国内ではそれなりに知られた腕の持ち主だ。年のころは三十を過ぎ、剣士としては今が脂の乗った時期だと誰もが彼を評している。
今日もアバディの町にある冒険者ギルドで、受けた仕事の対価を受け取ったところだ。
「おぉ、デュラン! 仕事は終わりか? どうだ、一杯」
「ああ、セザリ。いいね、ハルモニア通りの食堂かい?」
「そうそう。あそこのシェニーちゃん、嫁入りが決まったんだ。せっかくだから結婚祝いに金を落としていってやろうぜ」
「えっ」
「ああそうか。お前は知らなかったんだっけ? お前が町を離れている間に、貴族の坊ちゃんに見初められたそうでよ。これが、お貴族様なのに人柄の腐っていない、いいお人なんだそうだ」
「そ、そそそうなんだ? その貴族って、誰だい?」
「んー? エゼムニア家の三男坊っていったかな。そういやお前年甲斐もなくシェニーちゃんにお熱だったよな。諦めなって、貴族の若様じゃ相手が悪いや」
「エゼムニアの三男って言ったらティモシーか。……間の悪い……!」
ぼそりと剣呑な表情でつぶやくデュランの独り言には気付いた様子もなく、セザリはガハハと笑いながらデュランの背を叩いた。
「落ち込むな落ち込むな! 冒険者が家庭なんか持ったって、どうせ浮気されるだけだぜぇ? 老け込むにはまだ早いだろ、お前」
「うるさいなぁ。結婚したいんだよ、これでも」
「出た出た、デュランの結婚したい病!」
「何ならアタシが奥さんになってあげようかぁ? おかえりなさい、旦那様ぁ、ってさあ!」
二人の会話に、けらけらと周囲も笑い出す。
デュランは頭を抱えた。
と、事情を知っているセザリが青い顔で軽口を叩いた女の方に顔を向けた。
「おい、馬鹿――」
刹那、室内だと言うのにどこからともなく降ってきた雷が、女の体を叩く。
「ぴっ!?」
命を奪うほどではなかったようだが、着ていた革鎧から黒い煙が上がっている。
セザリは深い溜息をついて治癒の魔法を投げた。
「う、うう……」
「こいつをそういう方向性でからかわないほうがいいぞ。文字通り雷が落ちる」
「な、なんで」
「デュランはどこかのダンジョンで妙な呪いを受けたとかでな。近づく女は例外なく不運になるってんで、顔はいいのに女受けは最悪でよ」
『失礼なやつね、呪いですって⁉』
「そういうのを広めるのはやめてくれよ、セザリ。ますます婚期が遠のくじゃないか」
背中から響いてきた声には構わず、デュランはセザリの言葉に文句をつけた。どうせ彼女の言葉は自分とごく一部の人間にしか聞こえない。反応するだけ損というやつだ。
セザリは難しい顔で振り返ると、デュランに小声で聞く。
「……呪いを解く見通しは立ったのか?」
「いや、まだだ。困ったことにな」
「なら尚更だ。結婚なんてやめとけ。お前の幸せが女の不幸になるんだぞ。呪いを解く方法を見つけるのが先だろう」
至極真っ当な正論をぶつけてくる悪友に、頷いて返す。
だが、そう簡単な問題ではないのだ。なぜなら……
『本当に失礼なやつね! この女神に向かって呪いとか不幸とか……!』
「……僕は人間らしい幸せが手に入ればそれでいいんだけどね」
デュランの独白は、どちらに向けられるともなく吐き出されて消えた。
***
『何よデュラン! ひとを呪いの主みたいに!』
「僕にとっては変わりませんよ。あなたのお陰で所帯を持つこともできない。困ったものです」
定宿にしている安宿の一室で、デュランはテーブルに置いたロングソードと不毛な会話を交わしていた。
見たところ安っぽいロングソードなのだが、そこから響いてくる声には隠し切れない気品があった。
『何よもう! まるで私がお荷物みたいに! この女神カウラリライーヴァに祝福されて幸せじゃないなんて言わせないわよ!』
「はいはい。カウラは大事な僕の相棒ですよ」
苦情の言葉を聞き流しながら、部屋に投げ込まれた手紙束に目を通す。地方の
『デュラン、右の手紙を燃やしなさい』
「そんなわけにはいきませんよ……まったく」
拗ねたような声から一転、剣呑な声を上げる自称女神――カウラに返答しつつ、中身を取り出し、目を落とす。
「毎度思いますが、姫様は前文に力を入れすぎのような気がしますね」
『燃やしなさいってば』
まるで戯曲のような愛の詩を読み流しつつ、本題がどこから始まるのかを追う。
いかに結婚したいと餓えたことを口癖にするデュランとて、十五も年下の姫君が熱烈に書き上げた恋文を真に受けるほどではない。
『あの女は邪悪な女神の生まれ変わりよ。このままだと待っているのは破滅だから、私は仕える国を変えるか、王位を簒奪するかを薦めるわね』
「本人は創生の女神エイリウルメーヴェシュ様の生まれ変わりと仰っておられますが」
『ええ、それは正しいわね。私と同格、この世界を司る三女神のひとりだけど、あの女狐は優しい顔をして相手の心を踏みつけるのよ! 堂々と!』
「カウラ。僕は姫様の想いを受け入れるつもりはないよ。だからそんな風に陛下の一人娘を悪く言うのは止めてくれないか」
『えっ』
優しく、諭すように告げるデュランに、カウラの勢いが止まる。
デュランは続けて、深く深く息を吐き出して思いのたけを口にした。
「神様絡みは本当にこりごりだからさ……」
『そ、そんなこと言わないでよ、デュラン!?』
「慎ましやかでいい。愛する人と静かに起伏のない、穏やかな日々を送りたいな、僕ぁ」
遠い目を窓の外に向けながら、無駄に人の部分だけに強いアクセントをつけて、デュランは呟くのだった。
『こんなに尽くしてるじゃないのぉっ!』
自覚のない女神の嘆きが、デュランの耳と街に住んでいる神官たちの耳にだけ届くのだった。
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