パープルレイン〜相棒はピロウイレイザー〜

@muuko

パープルレインとイレイザー

 外国人や地方からのツアー客でごった返す、東京の有名な観光地にして日本最大の市場、築地トゥキジ市場。


 一昔前に豊洲への移転で揉めに揉めた築地だが、新たに海を埋め立てトゥキジ島という島をつくり、名前を変えて移転した。


 場外の一角にある登呂とろ寿司は、今日も行列ができるほどの賑わいを見せている。店内はカウンターのみで、2人の職人が黙々と寿司を握る。


 行列が進み、黒いスーツの男が1人空いたカウンターへ座った。


「いらっしゃい」

「大将、アガリをぬるめでくれないか。その前にお手洗いを借りたいのだが」

 黒スーツの言葉に1人の職人の目がギラと光る。

「……ご案内します」


 大将と呼ばれた男が丸太のような腕で店の奥へとエスコートしていった。



 ✳︎



「依頼だ」

「俺は引退すると言ったはずだが?」


 ソファとテーブル以外何もない、殺風景な応接室で、対面に座るなり黒スーツの男と大将は同時に言い放った。


「……もう一度言う。俺は退すると言ったはずだ」

 大将が改めて引退の二文字を強調する。

「あぁ。だからこれが最後の依頼だ」


 タバコに火をつけ、黒スーツが続ける。

「あんたにお願いしたいのは新人教育さ。うちも会社だ。後進の育成に力を入れていてね。OJTってやつさ。

 なぁに、そいつが一人前になるまで面倒見てやってくれたらそれで終いだ。悪い話じゃないだろう?大将、いや、パープルレイン」


「断る選択肢は無ぇんだろ。どうせ」

 ため息混じりに大将が返すと、黒スーツがニィと笑う。


「話が早いのはいいことだ。おい、入れ」


 いつからそこにいたのか、ドアの横の暗がりからスッと現れたのは腰の曲がった婆さんだ。リクルート用のスーツを着ているが、どう見ても新人に見えない。

 音もなく黒スーツの斜め後ろに近づいて、無表情で大将を見つめている。


「こいつが新人のタヨだ。イレイザーと呼ぶことにした。よろしく面倒見てやってくれ。

 イレイザー、OJTだからって甘えんじゃねぇぞ。場数踏んではやく独り立ちしろ」

「はい。パープルレイン、よろしくお願いいたします」


「ちょっと待て」

「何だ」

「こんな婆さんに人が殺せるのか?俺より年上じゃないか」

「婆さんだからって関係ねぇ。タヨは俺たちの試験に合格してここにいる。れっきとした新人の殺し屋だよ。それにあんたに選択肢は無い」


 応接室の空気がビリと張り付く。

 なんなら今ここでお前を処分したっていいんだぜ。足洗いたかったら黙って言うこと聞きなよ、


 エージェントには逆らえない。大将は目を瞑り、また一つため息をつくとわかったよと肩の力を抜いた。


「じゃあ早速だがこの案件を頼みたい。イレイザー、お前も座れ」

 黒スーツは胸ポケットからスマホ程の大きさの黒い機器を取り出し、テーブルに立てた。

 電源を入れると機器の真ん中からプロジェクターのように光が出て、テーブルに案件のデータが映し出される。




 ターゲットは岩井千吉 38歳

 職業は"自称"ジャーナリスト

坊主頭でキツネの様な顔をした男。


 小さな個人店を狙い、料理の紹介記事を書いてやると言って法外な報酬を要求する。

 だが記事が雑誌に載ることは無い。金だけもらって逃げるのがヤツの手口だ。そうして日本各地を名前を変えて渡り歩いている。

こいつがうちの系列店に手ェ出したんだ。


 数日前からトゥキジに潜伏しているらしい。獲物になる店を物色してたんだろう。そろそろ動き出すはずだ。

 明日から寿司屋の名前を変えて、繁盛してない店を装え。

 千吉をおびき寄せて仕留めるんだ。




 一通りの情報を伝え終わると、黒スーツは何事もなかったかの様にトゥキジの雑踏へと紛れていった。

登呂寿司には婆さんが残された。

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