2-騎士団と警備隊

「外円警備隊?」

 旅行に行く途中、目的地がもうすぐという時に盗賊に襲われたかと思えば、騎士団に似ている赤い制服を着た男、ハルフリングに助けられた現在。彼の名乗った初めて聞く組織名にユキは首を傾げていた。

「ええ、王立騎士団と対を成す、ハクマの国を守るもう1つの組織よ」

 そんなユキにジエルが説明を始める。

「王立騎士団っていうのは基本的にケジャキヤとその周辺の治安を守っているの。ケジャキヤはハクマ王国の中心地だし、王族が住む場所でもあるからハクマ王国の中でも特に重要視されるの。そのためにあるのが王立騎士団。一方で外円警備隊はケジャキヤ以外の場所の治安を守っているの。ハクマのあらゆる町に支部を置き、そえぞれの町を中心としてハクマ全域を警備してるの。だから所属人数だけで言えばは王立騎士団を超える組織ってことになるわ」

「その通りです」

 ジエルの説明にハルフリングは頷く。平坦で抑揚のない声。そして表情は少しも変わらない。

「よくご存じですね。しっかりと勉強をしているようで感心しますよ」

「ふふん! やっぱアタシって出来る子なのね!」

 やはり無表情で、まるで心のこもってなさそうな声だが、ジエルは素直に受け取ってしまう。

「遠回しに子供扱いされてることには気付いてないのかしらァ……?」

「黙っててあげましょう?」

 世の中には知らない方が幸せということもあるのだ。

「それで、なんだって警備隊の支部長がこんな町から離れたところに? この盗賊を捕まえるためっつっても、普通は部下に任せるもんじゃないのか?」

「今はちょっと重要な仕事を任されていましてね、人手が足りないのですよ。ああ、皆様は観光ですか? もしかしたら観光客にも迷惑をかけることとなるかもしれませんがご了承ください」

 サラマンダーの質問にハルフリングはそう淡々と答えると、頭を下げる。

 なんだかマズイ時期に来てしまったかなと、ユキ達は思うのだった。無料宿泊券を当てて運が良かった分、プラスマイナスゼロだと考えることにしよう。


 盗賊のごたごたで、ミツキゴンダに着いたのは陽が落ちて辺りが暗くなった頃だった。ハルフリングはどこにそんな物を用意していたのか、台車に盗賊達を放り込んで「それではこれで」と先に走って行ってしまった。エルクスよりも速く、走る時も無表情な男だった。

「おお……!」

 町の門をくぐりミツキゴンダの中へと入ると、ケジャキヤとは違った光景が目に飛び込んできた。ユキの口から感嘆の声が漏れる。

 大きな川が町の中心を流れて町を左右に分け、道には赤い柵や街灯が並び、街灯のオレンジ色の光は一直線に並ぶ建物を華やかに照らしている。まるで昔の日本の歓楽街にタイムスリップしたかのような、そんなイメージ。

「ここが噂に聞いてたミツキゴンダ! 夜でも活気があるわねー!」

「ギイ!」

 車から降りたジエルとステラが子供のようにはしゃいでいる。

「フフフ、元気がいいわねェ」

「今日は旅館の部屋をとるのが先だ。観光は明日からな」

 そんな2人を見て笑うヒルマおかあさんと2人を落ち着かせるサラマンダーおとうさん。そんな家族旅行のような雰囲気にほっこりするユキ。明日は楽しくなりそうだ。


「ようこそ赤桜旅館へ」

 ミツキゴンダの夜の風景を見ながら歩き、ユキ達は大きな遊郭のような建物に着く。中に入ると、受付に立つ着物姿の女性がゆったりとした動作で礼をする。

「この無料券って使えますか?」

「はい、大丈夫ですよ。何名様でお泊りですか?」

「えーと……」

 ちらりとユキは後ろを振り返る。サラマンダー、ヒルマ、ジエル、ステラ、自分を合わせて全部で5人いる訳だが……。

「4人と……ペットって大丈夫ですか?」

「ギイ⁉」

 ショックを受けるステラに皆が「ごめん」と謝るジェスチャーをする。中身はともかく、見た目が完全に魔物であるステラを人として数えるのはさすがに無理だろう。

「はい、問題ありませんよ。滞在期間はどうなさりますか? 最大で1週間までとなっております」

「3日間でお願いします」

「はい、3日間でご予約ですね? こちらにお名前をお書きください」

 そんな受付での会話を経て、従業員の人に部屋へと案内される。赤みがかった色の木の板の廊下を渡り、部屋の扉の前まで歩く。扉の上には『3』と書かれた小さい看板がついていた。

「こちら、赤の間の3番の部屋がお客様の部屋となります。何かありましたら、お客様支援室の方までお願いします」

 そう言って、案内してくれた従業員の人は一礼して去って行く。

 ユキが戸を開けて部屋に入ると、まるで日本の和室のような風景が広がっていた。畳のような床、座布団に背の低い丸テーブル。見た目のファンタジー感は強かったケジャキヤから一気に現実へと引き戻されたかのような気分になる。

「お? おー! なんだか床が柔らかい! 何コレ⁉」

「ギイ! ギイ!」

 部屋に入ったジエルとステラが床を踏みながらはしゃぐ。

「タタミいただな。タバネそうという植物を編んで作るらしい。ハクマの東側にはこうした独自の技術が多いんだ」

 サラマンダーが説明をしてくれる。タタミ板にタバネ草、見覚えのあるものだと名前を間違えそうだ。

「まあまあまあ、店長って地方の文化まで知ってるのねェ」

「まあ、皆よりは長く生きてるからな。これが経験の違いってヤツよ」

 ヒルマの言葉に得意気な顔になるサラマンダー。旅行でテンションの上がった子どもと、それを優しく見守る両親という構図が出来あがっていた。

「荷物も置いたし、飯食って風呂にでも入るか。せっかく旅館に来たんだし、温泉もじっくりまったり入りたいしな」

「わーい! 温泉! 温泉!」

「ギイ! ギイ!」

 サラマンダーの言葉にどんどんジエルとステラのテンションが上がっていく。段々と子供じみていくジエルになんだか不安を覚える。大人になりたがっていた彼女はどこへ行ってしまったのだろう。


 食堂で料理を食べた後、男女に分かれて温泉の脱衣所へと入る。

「あ」

「ユキ? どうかした?」

「タオル忘れてました。ちょっと部屋までとりに戻るので先に入っちゃっててください」

 脱衣所に入ってカゴに着替えを置いたところで、忘れ物に気付いたユキは1人部屋へと戻る。

 タオルを持って部屋を出て、再び温泉へと向かう途中、曲がり角を曲がろうとしたところでいきなり男が飛び出してきた。

「どけよっ!」

「ひゃっ⁉」

 両腕で何か抱きかかえる男は肩でユキを押しのけて走り去って行く。乱暴に押しのけられたユキは後ろによろけてバランスを崩し、そのまま尻もちをついてしまった。

「いったぁ……」

 涙目になりながら尻を抑えるユキ。尻もちと聞くと、前のめりに転ぶよりも軽そうイメージがあるが、実際はかなり痛い。

「アンタ、大丈夫か?」

 男の人が駆け寄って手を差し出す。

「あ、ありがとうございます」

 その手を掴んで立ち上がると。

「あ」

「え?」

 青い制服に金髪の見知った顔が目の前にいた。

「ロクトさん?」

「ユキ⁉」

 ロクト・ネイベル。ケジャキヤのハクマ王立騎士団の一員だ。

「なんでユキがミツキゴンダに?」

「それはこっちのセリフですよ」

 ジエルから聞いた話によれば、騎士団はケジャキヤを守るための組織だ。警備隊の領域であるミツキゴンダに本来なら制服で来ているハズがない。

「俺は仕事だよ。警備隊と共同の仕事があるんだ。ところでユキ、怪しい男を見なかったか? 客の荷物を盗みやがったんだ」

「怪しい人ですか? そういえばさっき……」

「それならたった今捕まえましたのでご心配なく」

 ユキが口を開いたところで、後ろから声が聞こえてきた。

「支部長!」

 ロクトが驚いたような声をあげる。ユキが振り返ると、そこには片方の手で先程ユキを押しのけて走り去って行った男の服を掴んで引きずるハルフリングの姿があった。男には意識がなく、頬が腫れている。もう片方の手には、大き目のかばんが握られている。

「まったく、私が守るミツキゴンダで犯罪、それも窃盗など、他の誰が許してもこの私が許しませんよ。思わず怒りに任せて1発だけ殴ってしまいました」

 ハルフリングはそう言うが、相変わらず声には抑揚がなく、顔は無表情だ。

「あの、その荷物は?」

「ああ、これですか? これは……」

「わ、私の荷物、どうなりましたか⁉」

 ハルフリングが口を開いたところで、またしても後ろから声が聞こえてきた。ユキが振り向くと、女の子がこちらに向かって走ってくる。緑の肌に黄色の髪、そして、頭の上にある真っ赤な花。雰囲気は違うがラゴラを思い出す見た目をしている。

「ルーナさん、来ちゃったんですか?」

「は、はい。ど、どうしても、心配に、なっちゃって……」

 ロクトが問いかけると、ルーナと呼ばれた少女は息も絶え絶えに答える。

「ユキ、こちらルーナ・ワインレッドさん。俺の仕事はこの人をケジャキヤまで連れて行くことなんだ」

「ル、ルーナです。よ、よろしくお願いします!」

 ロクトが紹介すると、ルーナは緊張したように頭を下げた。

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