2-この木なんの木
詳しいことは部屋の中で話すとルーナに案内されたのは、ユキ達の部屋の隣の部屋だった。
「ここに泊まることになってるんです」
ユキが部屋に入ると部屋の中で老人が白目をむいてあおむけに倒れていた。
「え……? し、死んで」
「お客さんですかな?」
「いひゃあああああっ⁉」
突然、老人が目を覚まして起き上がる。驚いたユキが思わず後ろに跳び退くと、後から部屋に入って来たロクトに抱き着く形となった。
「あーっと、ユキ?」
ロクトがうっすら顔を赤くしながらユキから目を逸らす。
「えっと、驚いた時のお約束ということで……」
ユキもユキで思いっきり叫んで飛び退いた恥ずかしさからかほんのり顔を赤くする。
「その、柔らかいモノが当たって……なかったわ。何も感じねえ……」
「お? このタイミングで貧乳イジってくるか? 殴るぞ貴様」
恥ずかしさとかなんだか良い雰囲気とか、全部ぶち壊すような発言だった。ユキの顔から表情が消え、ロクトは先程とは違った意味でユキから目を逸らす。
「おや、驚かせてしまいましたかな? まあ、それはそうと、あんまり露骨にそう恋愛イベントやラッキースケベを起こすのはどーかと思うよワシは。あーゆーのは普段から露骨にやってる作品だからこそ許されるのであって……」
「おじいちゃん、話の意味が分からないよ?」
「おや、そうだったかのう?」
なにやら語り出した老人をルーナがなだめる。
「……そろそろ、話を進めてもよろしいでしょうか? 夜も遅くなって来ましたし、あまり時間をかけたくはないのですが」
わいわい騒がしくなってきたところで、最後に部屋に入って来たハルフリングが少しだけ声を大きくしてそう言った。無表情で平坦な声であるが、心なしか少しイライラしているようにも見える。
「なんだか話を面倒にしてしまったようで、すみませんですな」
「いえ、いいですよ。気にしてないですから」
謝る老人に対してハルフリングは軽く手を振るが、やはり無表情なので実際怒っているのかどうかさっぱり分からない。
気を取り直して。
テーブルを挟んで片側に老人、ルーナ、ハルフリングが、もう一方の側にユキとロクトが座る。
「ワシはここミツキゴンダからさらにずっと離れた『ギーネ村』で村長をやっております、ガショウ・ゲネツといいます」
自己紹介と共に老人は頭を下げる。細く小さな体に茶色い肌にボサボサの白い髪。着ている服も少しボロッちくて枯れ木のような弱々しい印象を受ける。
「改めまして、ルーナ・ワインレッドです。ギーネ村の近くの森に住んでて、薬学師をしています」
「薬学師……ですか?」
ルーナの言葉にユキは首を傾げる。最近何か気になることや分からないことがあると首を傾げるのが癖になっているような気がするなと思いつつ、相手にも自分の言わんとすることが伝わりやすいので結局使ってしまうのだ。
「薬を作って売ったり、薬の研究をしている人を『薬学師』と呼ぶんだ」
察したロクトが説明してくれる。教えてくれる方も本当に慣れたものだなあとユキはしみじみ思ってしまう。
「ルーナさんの作る薬は怪我や病気に本当に良く効きましてな、どんな病気でもルーナさんの薬を飲んで安静にしてればすぐに治ると好評なんですよ」
穏やかな表情でガショウは語る。ルーナの作る薬とはかなり効き目の良い物らしい。彼の表情や口ぶりから、 彼女の薬をどれだけ信頼しているかがよく分かる。
「それで、お2人はどうして騎士団や警備隊と一緒に?」
「事件が起こったのですな」
ガショウは表情を変え、神妙な面持ちで告げた。
「今から1週間程前ですかな、村に1本の木が居座ったのです」
「木が、い、居座った?」
ユキが思わず聞き返すと、ガショウもルーナも頷きで返す。聞き間違いとかではないらしい。
「あれはもう『居座った』と表現する他ありませんでしたな。なんの前触れもなく突如地面を突き破って現れた木は意思を持っているかのように動き、村の中央に居座りました。その後は根っこを振り回して近づく者を威嚇するのです。見た目こそ普通の木ですが、あれはもう木に擬態した魔物とでも言った方が適切のような気がしますな」
にわかには信じがたい話ではあるが、他でもない現地の人も信じられないというように話しているので何とも言えない。
「木の正体を調べてもらうために、偶然にも手に入れることのできた木の一部を持って王都に向かうことにしたのです。警備隊にはミツキゴンダに着くまでの護衛をお願いしていたのですな」
「そこから王都までは騎士団の仕事という訳です」
ガショウの言葉をハルフリングが引き継いで話を続ける。
「我々警備隊がギーネ村からここミツキゴンダまでの護衛を務め、ここで騎士団の方に護衛を引き継いでもらう手筈です。ケジャキヤは騎士団の領域ですからね」
「……警備隊がケジャキヤまで送る訳にはいかないってことですか?」
ユキ尋ねると、ハルフリングは頷く。
「面倒だとはお思いでしょうが、これが規則なんです。これを守らないと責任問題とかいろいろ面倒なことになる」
そう言ってハルフリングは1度言葉を切ると、ふう……と息をついた。
「もっと短時間で楽にケジャキヤまで行けるのなら、こういった引き継ぎ作業も必要ないのでしょうがね。夜でも町を明るく照らす街灯に生活の必需品となった冷蔵庫、娯楽のための音版に先日開発された魔装武器。技術の進歩は認めますが、情報の伝達は未だ未発達なのです。国中に広まり誰もが知っている歌手の歌だって、歌手自らが国中を渡り歩いて歌を聞かせて回ればこそ。音版が発明された今だって、作られた音版が国中に広まっているのは音版を国中に運ぶ人間がいればこそなのですから。情報にしても物品にしても、届けるのには時間がかかるのですよ」
この世界に電話やメールなどといったものはまだ存在しない。物を運ぶならエルクスに引かせるのが1番効率的なやり方だ。
集合商店に行ったり、歌声前線の本部に行ったり、現実世界とどれだけ似ている文化があったとしても、ここは異世界なのだ。そしてこの異世界で情報や物流を動かしているのは電波や便利な乗り物ではなく、足なのだ。文字通り、住んでいる世界が違うのだということを、ユキは思い知る。
「少し、関係ないことを話しすぎてしまいましたね。では、ルーナさんの荷物も戻ったことですし、これで引継ぎの方は全て終わったということで。私は席を外しますが、何かあったら呼んでください。一応ミツキゴンダにいる間は私の責任になりますので」
そう言うと、ハルフリングは部屋を出て行った。
一度話に区切りがついたためか、部屋が一瞬静まり返る。
「あー、ところでガショウさん、ルーナさん、その偶然手に入れたという木の一部とは?」
「ああ、これです」
雰囲気を変えようとロクトがそう尋ねると、ルーナは何やら透明なケースを取り出した。子どもが外で遊ぶ時に持っていく虫かごのようなサイズだ。
「これは……」
「普通の木、にしか見えませんね」
ケースの中に入っていたのはどこにでも落ちていそうな小さな折れた木の枝だった。葉もついておらずペンの半分くらいの長さしかない。
「見た目は普通の木ですが、これは紛れもなくあの奇妙な木の一部なのです。結構激しく暴れていたのでもっと周りに木片や葉っぱなどが飛び散っていてもいいようなモノなのですが、どういう訳か、これしか手に入らなかったのですな」
ガショウは不思議そうに首をかしげながらそう言った。
「なるほど……ユキ」
「はい?」
ガショウの言葉を聞いて少し考えた後、ロクトは顔をユキの方に向ける。
「後でマーさんにこのことを話しておいてくれないか? まだ何が起こるか決まった訳じゃないけど、最悪の事態に備えて騎士団とは関係ない場所にガショウさんとルーナさんが逃げこめる場所を作っておきたい」
「分かりました……あ」
サラマンダーで思い出したが、そういえば、温泉に入るために部屋にタオルをとりに来たんっじゃなかったっけ?
「ユキちゃん、おそいわねェ……」
「トイレじゃない?」
「ギイ……」
温泉に肩まで浸かる3人娘の一幕。
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