1-スカウトハンティング

「すみません! 貴方! アイドルに興味はありませんか⁉」

「ありません。さようなら」

 じりじりと太陽が照り付ける夏の月50日の真昼間のこと。

 町を歩いていたユキは突然メガネをかけた男性に呼び止められたかと思えば夏真っ盛りだというのに暑苦しさを感じる気合いのお入った声でそんなことを聞かれた。

「ああ! 待って! せめてお話だけでも!」

「そもそもアイドルって何ですか?」

 異世界のアイドルは現実世界のアイドルと何が違うのだろうか。同じ言葉でも全然違う意味という可能性もある。

「なんと! ご存じない⁉ 分かりました! では私めがアイドルについてご説明を……」

「あ、長くなりそうだからいいです。暑いので帰りますね」

「ああ! そんなことを言わずにそこをなんとか!」

 ユキはにげだした。しかしみごとなクイックステップでまわりこまれてしまった!

「はあ……分かりました。とりあえず場所を変えましょう。ついて来てください」

「分かりました!」

 これはきっと話を聞くまで帰らないな。そう思ったユキは諦めて話だけでも聞くことにした。


「保護者のサラマンダーです」

「おなじくヒルマです」

「ジエルです」

「ギイ」

「え、えーと……よ、よろしくお願いします!」

『俺の料理屋』の丸テーブルを囲み、サラマンダー、ヒルマ、ジエル、ステラがそれぞれ鋭い眼差しで名乗りをあげる。保護者4人分の威圧感に気圧されたのか、メガネの男の勢いも少し弱まったようだ。それにしても定休日だというのにこうも全員集まるのは暇だからだろうか。

「で、アンタどちら様な訳? 変なトコだったら追い返すぞ?」

「はい! 私こういう者でございます!」

 娘が彼氏を連れて来た時の父親のような顔つきで睨むサラマンダーに対してピシッとした姿勢でメガネの男はポケットから取り出した名刺を差し出す。


 歌踊かようギルド『歌声前線うたごえぜんせん』支援総長 マネージ・シンガソン


「う、歌声前線⁉ アンタ歌声前線の人間だったのか⁉」

 サラマンダーの顔つきが変わる。さっきまで警戒心が嘘のようだ。

「えー! 歌声前線⁉ ホントにィ⁉」

「うっそー⁉ アタシにも見せて!」

「ギイイ!」

 他の3人も名刺に群がる。お前らさっきまでの態度はどうしたんだよと言いたいユキだったが、これじゃあ言っても耳に入らないんだろうなあ……。

「ところで、ギルドってなんです?」

「ん? ああ、ギルドっつーのはな。同じ目的の奴らが集まってできた集団だな。世界共通の文化であり、国に申請すれば基本的にどんなモンでも立ち上げられるからハクマ王国だけでもかなりの数のギルドがあるな」

 ユキの質問にサラマンダー先生の異世界講座が始まる。

「例えば俺らの経営している『俺の料理屋』やその近辺の店は物品の売買を管理する『商業ギルド』に所属してるんだ。で、この歌踊ギルドってのは歌関係の娯楽を売り出すことを目的としたギルドだな。その中でもこの歌声前線ってのはハクマ王国の中でも最大級の規模を誇る歌踊ギルドって訳よ」

 要するに、現実世界で会社やら企業やらと様々な呼び名があるものが、ここでは全部ギルドという名前でまとめられいるということらしい。

 ちなみに、この世界のギルドはゲームや漫画などのフィクション作品におけるファンタジーの強いモノとなっており、実際に中世に存在したギルドとは意味合いが異なるのだが、それについては語らぬがお約束である。

「その通りでございます! いやはや名前を知っていただけているとは感謝感激感動感服感極まってございます!」

 メガネの男、マネージが嬉しそうに手を合わせる。なんとまあ口が回る回る。

「まあ、ギルドについては分かりました。それで、アイドルというのは?」

「それは私から説明するわねェ」

 今度はヒルマによる異世界講座が始まった。ジャンルによって先生が違ったりするのだろうか?

「数年前までは歌といえばただ立って歌うだけだったの。でもでもでも、音を記録しておける『音版おんばん』が発明されてからは誰もが自宅で歌や音楽を楽しめるようになったの。そうした中で新しく何かできないかと多くの歌踊ギルドが考えていた中で歌声前線が思いついたのが『見て楽しめる音楽』って訳。綺麗な女性やカッコイイ男性とかに歌って踊ってもらって聞くだけじゃない音楽を作ろうとしたの。そうして生まれたのがお客さんの『愛を取る』という意味で『アイドル』ってことよ」

「なるほど」

 アイドルはやっぱりどこの世界でもアイドルらしい。

 なお、現実世界のアイドルの語源はラテン語だとかギリシャ語だとかで偶像という意味なんだとか。

「素晴らしい! 私共の生み出したアイドルという文化についてそこまで詳しい方は初めてです! 私感動のあまり涙で前が見えそうにありません!」

 マネージは大泣きしていた。テーブルにメガネを置いて、滝のように溢れる涙を真っ白なハンカチで拭いている。

「あー、つまりアレか? ウチのユキをアイドルにスカウトしたいと?」

「そういうことでございます! サラマンダーさんったら話が早い!」

 泣き止んだ。切り替えの早い人だ。

「そういうことなら、本人次第だな。ユキがアイドルになりたいっていうなら俺は止めん。コイツがどんな道を目指しても応援するさ」

「て、店長……」

 そう言って腕を組むサラマンダー。ユキにはなんだかサラマンダーが初めて格好良く見えた気がした。

「ど、どうでしょうか⁉ ユキさん。アイドル、目指してみませんか?」

「うーん……」

 さて困った。正直に言ってユキはアイドルにこれっぽっちも興味がない。現実世界でもどちらかというと二次元よりの趣味をしていた。

 ついでに言うと今現在それなりに安定している職に就いているのに、それを放り捨てて今より安定感に欠けそうな仕事に転職したくないという思いもある。

 だというのになんだか

「私、やってみます!」

 とでも言わなきゃいけないような雰囲気になってしまっている。

「えーと……」

 どうしたものか。なんとなく断り辛い。

「ユキちゃん、大丈夫よォ。好きなようにやってみなさい」

 困り果てるユキにヒルマは優しく声をかける。

「貴方がどんな決断をしてもここにいる皆反対なんてしないわァ。だからユキちゃん。貴方の好きなようにしていいのよ?」

「ヒルマさん……」

 優しさが心にしみる。

「だから安心して行ってらっしゃい」

「はい! ……はい?」

 何やら雲行きが怪しい。

「大丈夫。ユキちゃんがアイドルを目指しても皆応援してるから!」

「え? ええ⁉」

 この女、ユキがアイドルになりたいものだと完全に勘違いしている。別にアイドルになりたいけど店を捨てたくないとかそういうことで悩んでいる訳ではない。

「ユキ……お前そこまで店のことを……」

「いや、だから……」

 サラマンダーが涙ぐむ。この流れはダメだ。どんどん雰囲気がユキの望まぬ方へと広がっていく。

「ユキ! 店のことはアタシ達に任せなさい! アンタの分もしっかりやってみせるわ!」

「あの、話を……」

 追い討ちをかけるようにジエルが胸を張る。あれ? もしかして皆で遠回しに追い出そうとしてる?

「ど、どうでしょうか? ユキさん!」

 マネージは期待をこめた目でこちらを見つめてくる。完全にアイドルになる空気になってしまっている。

 悩みに悩んだ末、ユキは答えを出す。

「と、とりあえず見学から! お願いします!」

 従来の諦め癖が悪い方向に出た。


「こちらが歌声前線の本部となっております!」

 ハイテンションなマネージに紹介されたのはケジャキヤの東側にある広い庭つきの大きな建物。

「アイドル達の訓練場や男女別の寮、支援隊の仕事場にお偉い様達の会議室、建物1つで何でも揃った優れモノでございます!」

「はあ……」

 大きな建物といえば王立騎士団の本部と集合商店があるため、大きさを誇るのはユキ的には今更感が否めない。

「あれ? マネージさーん! そちらの方は誰ですかー⁉」

 大きな声と共にこちらに走りよって来る1人の小さな少女がいた。褐色の肌に短めのツインテールにした青緑の髪。ケジャキヤに来た中でもあまり見たことのないタイプの見た目だが、何より目立つのは頭の上の大きな赤い花だ。

「ああ、ラゴラさん! こちらはユキさん、ギルドの見学に来てくださったんですよ!」

「へえ! そうなんですか!」

 ハイテンションな男と声の大きな少女が話すことで場の温度が少し上がったような気がした。

「えっと、ユキです。見学だけですが、よろしくお願いします」

 とりあえず挨拶。ユキがお辞儀をすると、少女はぱあっと明るく笑った。


「ラゴラです! 見ての通りの花人はなびとです! よろしくお願いします!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る